第二章:黒みつ団子と青い瞳のフランス人形

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 リュックサックを押しつけ草履を履くと、柘植さんは私を置いてお店を出て行く。せっかく脱いだ靴をもう一度履くと、私は渡されたリュックサックを背負い、詩さんの方を振り返った。 「それじゃあ行ってきます」 「行ってらっしゃい」  フリフリと尻尾を振ると、詩さんは奥の部屋へと歩いて行く。  戸締まりはいいのだろうか、と少し心配になったけれど気づけば柘植さんはどんどん先に歩いて行ってしまっていたのでそのあとを急いで追いかけた。 「ま、待ってください」 「遅い」 「あの、下鴨神社までどうやって行くんですか?」  ここから下鴨神社までは歩くには少し距離がある。 「バスだ。四条河原町の乗り場からバスに乗る」  その言葉通り、柘植さんは京都河原町駅へと向かって歩いて行く。その隣を歩きながら、視線を感じた。  通勤時間にはいなかった観光客で溢れている四条大橋を歩く柘植さんの姿はとても目立っていた。華やかな色の着物を着て歩く人は多いけれど、真っ黒のまるで喪服のような着物は目立つ。けれど、集める視線が決して嫌な雰囲気のものではないのはきっと柘植さんの風貌があまりにもその色と似合っているからだろう。 「何してる」 「あ、はい」  ボケッと見つめていた私を柘植さんは不審そうに振り返る。慌てて隣に並ぶと、私たちは四条大橋を渡り、すぐ近くのバス停からバスに乗った。  バスは一五分ほどで下鴨神社前に着いた。  が、バスの窓から見ているときから不思議に思っていたけれど、バス停に降り立っても神社が見えない。下鴨神社といえば、あの朱色の立派な楼門。でもそんなものはどこにもない。下鴨神社という名前の別の場所に連れてこられたんじゃないかと疑うぐらいだ。 「あの、柘植さん。聞いてもいいですか?」 「ここをまっすぐ行って右折。しばらくすると、お前が想像している賀茂御祖神社の朱色の楼門が見えてくる」 「どうしてわかったんですか!?」 「……依頼主の家は、賀茂御祖神社に行くために右折するところを左折してしばらく歩いたところにあるそうだ」  私の問いかけを『お前の顔に書いてるんだよ』とでも言いたげな表情で片付けると、柘植さんは歩きながら今回の依頼主の話を始めた。  そうか、お仕事でここに来たんだ。と、ようやく気づいたことは黙っておこう。これ以上呆れられても仕事に支障が出そうだ。と、いうか言わなくてもバレてそうだけれど。 「実は今回の依頼は少し前に受けたものなんだ」 「え?」  でも、柘植さんはそんな私のことなんてこれっぽっちも気にしていないような声のトーンで話し出す。真っ白な柘植さんの感情に困惑の色が混じる。 「一週間ほど前、うちに送られて来たフランス人形があった。お前が最初に遭ったのは犬のぬいぐるみだったが、本来は人型の方が多い。何故かわかるか?」 「えーっと、人型の方が魂が宿りやすいから、ですか?」 「概ね正解だ。人間も人型の方が接するときに人形ではなく人として、例えば友達や兄弟として接し安いんだろうな。人形も人のように扱われると自然と魂が宿りやすくなる」  たしかに、私が子どもの頃も動物のぬいぐるみよりは人型の人形の方が名前をつけて可愛がったり一緒にお風呂に入ったりとまるで人のように扱った気がする。それに人型の人形はもともと名前がついていたり、家族がいたりとまるで本当にそういう子がいるような気にさせるものも少なくない。  長い間、そうやって接するうちに気づけばその中に魂が宿っている。それは微笑ましいようで、恐ろしい気もする。 「そのフランス人形も大切にされた結果、魂が宿った。一人で動くし涙も流す。耐えきれずに俺のところに送られて来たんだが」 「何かあったんですか?」 「帰ったんだ」 「帰った?」 「元の場所に、一人で」  言われたことの意味が理解できたのはたっぷり三十秒は経ってからだった。一人で帰った。元の場所に。フランス人形が。  背筋に悪寒が走るのを感じた。 「そ、そんなことって」 「まあなくはない。想いが強すぎるとこうなる。それだけ大事にされてたんだろうな」  柘植さんの言葉に、フランス人形の気持ちに思いを馳せる。ずっと大切にされていて、まるで家族のように扱われていたのに、ある日突然化け物のように思われる。それがどんなに悲しくて苦しいか。 「可哀想ですね」 「まあ、とはいえ今の持ち主にとってみたらただの恐怖の人形でしかないだろうけどな」 「今の持ち主ってことは、元々の持ち主の人は」 「亡くなったそうだ。遺産相続で父親がもらった家に息子夫婦が引っ越してきたらしいんだが、そこにまるで自分はここの主だとでも言うかのようにいたんだそうだ。ああ、ここだ」
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