第二章:黒みつ団子と青い瞳のフランス人形

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 柘植さんが立ち止まったのは、一軒の住宅の前だった。カフェなどに使われているような感じの小綺麗な古民家ではなく、広い庭に大きな柱、まるで本の中にタイムスリップしたような外観だった。表札には『中村』と書かれていた。 「ごめんください」  門の横にあるチャイムを鳴らすと、中から若い女の人が出てきた。この人が依頼主だろうか。ここは息子さん夫婦が継いだと柘植さんは言っていた。と、いうことは奥さんなのかもしれない。 「ああ、よういらっしゃいました」 「この度は私の不手際で申し訳ございません」 「いえいえ。こちらこそ遠いところを来て頂いて。とにかく、お上がりください」  促されるままに私たちは家の中に入る。女の人は口ぶりとは反対に感情の方は黒く濁っていた。  怒っているというよりは恐れている。ううん、怯えていると言った方が正しそうだ。お祓いに出したはずの人形が帰ってきたら、そりゃあ怖いだろう。 「それで、あれは今どこに」 「元の部屋に一人でおります」 「案内して頂けますが」  頷くと女性は歩き出す。そして二階の一番奥の部屋の前で立ち止まった。 「ここです」 「わかりました。それでは、ここから先は我々だけで」  女性は私の方を訝しげに見たあと、柘植さんに頭を下げて階段を下りていく。  女性の足音が完全に聞こえなくなってから柘植さんは目の前の襖を開けた。  中は十畳ほどの横長の部屋だった。以前の持ち主の物だろうか、本や鞄が部屋の隅に置かれていた。  そして――問題の人形は部屋の真ん中に座っていた。  白いフリルのついたピンクのワンピース、クルクル巻かれた金色の髪の毛、青い瞳。それは紛れもないフランス人形だった。 「あら、あななたちだあれ?」  人形は当たり前のように喋ると、立ち上がってこちらを見た。  その人形は悲しみに染まった感情を全身に纏っていた。 「柘植さん、あの子が」 「ああ、そうだ」  人の形を模していた純太君とは違い、完全に人形が手足を、口を動かしている。どういう違いがあるのか私にはわからない。でも、柘植さんと詩さんの目を掻い潜ってここに戻ってきたこの子の未練が大きいことだけはわかった。未練だけじゃない。私たちに対する警戒心も純太君のときとは比べものにならないぐらい凄い。  こんなの、いったいどうするというのだろう。 「柘植さん……」 「黙ってろ。――おい」 「何よ、あなたたち。私の質問に答えなさいよ。あなたたちは誰?」 「俺たちは、お前の魂を送るために来た」 「何、それ」  その瞬間、フランス人形の纏う雰囲気が怒りに染まったのを感じた。  部屋の空気が冷たくなる。頬に感じる冷気は、まるであちら側がドア一枚隔てたこちらとは全く違う空間かと錯覚するぐらい。  そしてその怒りはまっすぐにこちらへとぶつけられた。 「ふざけないで!」  バンッと音を立てて、勢いよく襖が閉まる。とりつく島もない様子に、柘植さんはため息を吐いた。  さて、どうしたものか。そう思ったのは私たちだけではないようで、襖の閉まる音に驚いたのか、階段下から依頼主が不安そうに顔を出すのが見えた。 「えらい大きい音がしましたけど」 「あっ、え、えっと大丈夫です。お気になさらないでください」  不機嫌さを隠すことなく無言で立つ柘植さんの代わりに私が返事をする。テレオペで培った人当たりの良さそうな声で言うと、依頼主はまだどこか不安そうに、それでも幾分かホッとした様子で部屋に戻っていった。 「……どうするんですか?」 「方法は二つ。なんとかして中に入ってあいつを説得して送る」 「もう一つは?」 「無理矢理送る」 「ちなみに無理矢理だとどんな感じになるんでしょうか?」  怖い物見たさで聞いた私に、柘植さんは無表情のまま答えた。 「無理矢理お焚き上げをする」 「お焚き上げ?」 「簡単に言うと、燃やす」 「燃やす……」  それは、つまりあの動いて喋ってる子を火の中に入れて燃やすということだろうか。 「……わ、私! 説得したいです!」 「は?」 「ほら、女の子同士だし! 通じるものもあるかもしれないじゃないですか!」 「見た目が女の子の人形なだけで性別があるわけじゃないぞ」 「そ、それはそうかもしれませんが」  言い返せなくなって黙り込んでしまう私に、柘植さんは何かを考えるような表情を浮かべたあと頷いた。 「まあいい。んじゃ、やってみろ」 「はい!」 「昨日のがまぐれじゃないか見ててやるよ」  その口調に、どこか期待されているような、それでいて試されているような気分になる。まるでまだ入社試験が続いているような。
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