第二章:黒みつ団子と青い瞳のフランス人形

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 これじゃあ……今までと一緒だ。  私は深く深呼吸をすると、ロアンに向き直った。 「教えてほしいんだけど、おじいさまと一緒にいた海の見える家っていうのはこことは別のところなの?」  私の問いかけに――ロアンの怒りの感情が大きく膨らむのがわかった。 「当たり前じゃない!」  棘のようにぶつけられる感情に怯みそうになる。でも、ここで逃げていては今までとなんにも変わらない。 「そっか。ちなみにどこにいたかわかる?」 「フランスに決まってるでしょ!」 「フランス!?」  や、たしかにどう見てもロアンはフランス人形なんだけど。でも、そっか。だから海が見える家って言ってたんだ。  でもフランスで作ってくれたバスチャンさんと暮らしていたはずのロアンがどうして日本の、それも京都に?  不思議に思っていると呆れたような口調でロアンは言う。 「あなた今、どうしてフランスにいたはずの私がこんなところにいるのって思ってるでしょ」 「ど、どうして」 「顔に書いてあるわよ」  まさか人形に宿った魂にまで考えていることを当てられてしまうなんて。そんなにわかりやすいのだろうか。  落ち込む私を余所にロアンは話を続けた。 「私はね、ここでおじいさまが迎えに来てくれるのを待ってるの。フランスから私のことを連れ去った男の手からおじいさまが取り戻しにきてくれるのをずっとずっと待ってるの」 「連れ去った?」 「そうよ! おじいさまのお店に押し入って、それで!」  当時を思い出したのか、ロアンの感情が高ぶっていくのがわかる。  悲しみが、悔しさが膨れ上がっていく。 「必ず取り戻しに行くから」って、おじいさまはそう言ったんだから! だから私はここでおじいさまを待っているの! どれだけ時間が経ったとしても必ずおじいさまは迎えに来てくれるわ! だって約束したんだから!」 「っ……」  感情の波が溢れ混んでくる。怒り、憎しみ、そして悲しみ。  高飛車な物言いとは裏腹に、心の奥底から湧き出る悲しみに胸が痛くなる。 「なん、であなたが泣いてるのよ」 「え?」  ロアンに言われ、頬に触れて初めて私は自分が涙を流していることに気づいた。  なんでって、それは。 「ロアンの気持ちが伝わってきて、それで……」 「私の?」 「うん。……ロアンはおじいさんのことが大好きだったんだね。おじいさんとずっとずっと一緒にいたいと思っていたのに引き離されたことが悲しくて辛くて、寂しいんだよね。でもどうやったらおじいさんのところに帰れるかわからないから、唯一のつながりを求めてここに戻ってきた。本当はここじゃなくて、おじいさんの元に帰りたいんだよね」  私の言葉に、ロアンの感情が乱れるのがわかった。そして、真っ黒だった憎しみの感情が小さくなり、真っ青な悲しみの感情で支配されていく。   「っ……そうよ! 私はおじいさまの人形なのよ! おじいさまが大事に大事に作ってくれた人形なの。ずっと、ずっとおじいさまのそばにいたかった。異国になんて来たくなかった!!」  ロアンは涙を流す。かつて自分を愛してくれたおじいさんを想って。  私はそんなロアンがあまりにも可哀想で、気づけば一歩また一歩とロアンの元に近づいていた。今度はもう拒絶されることはないことはわかっていた。 「おい、明日菜。何を」 「大丈夫です」  柘植さんが心配そうに私の名前を呼ぶけど、小さく微笑んで私はロアンの前に立った。丁寧に作られたフランス人形。少し古ぼけてしまっているけれど、おじいさんの元にいたときはどれほど綺麗だったか。  それをそっと手に取ると、私はギュッと抱きしめた。 「辛かったよね。悲しかったよね。大好きなおじいさんに会いたいよね」 「っ……うっ……うわああああああ!!」  ロアンは泣き叫ぶ。今までの想いを全て吐き出すように。  私は彼女の感情が落ち着くまで、ただひたすらに抱きしめ続けた。 「落ち着いた?」 「ええ。……私ったら取り乱しちゃったわ」  涙を拭うと、ロアンはすまし顔で言う。まだ感情には悲しみが漂っているけれど、随分と落ち着いているようだった。  隣で柘植さんは呆れているのか、それとも怒っているのか無言のまま腕を組んで立ち尽くしている。  どうしようか、そう悩んでいるとロアンが話し始める。 「私を作ってくれたおじいさまはね、小さなお店をやっていたのよ。私たちのようなお人形も時代の波にのまれて大量生産が主流になってきていたけれど、それでもおじいさまは一体一体想いを込めて丁寧に作ってくれていたの。でも、その分値段は高価になるし、子ども達が持つには高すぎる。かといって、貴族のようなお金持ちが買うのはもっと名の知れた作り手のものだけ。おのずとおじいさまのお店は衰退していったわ」
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