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みよちゃんが呼んでいた、という言い方が少し気になったけれど、そんな引っかかりはおくびにも出さない。少しでも声色を買えたらクレームに繋がることを、この二年間同僚の姿を見てよーく思い知ったのだから。
笑顔を浮かべる私につられたのか、純太君はぎこちなく微笑む。でも、すぐにまたしょんぼりとした表情に戻ってしまう。 「どうしたの?」と、尋ねたら今にも泣いてしまいそうな顔だ。どうしたら笑顔になってくれるのだろうか。
「ね、純太君は何をして遊ぶのが好き?」
「え?」
だから私はあえて「どうしたの?」と尋ねず、純太君の好きなことを聞くことにした。人間誰しも好きな物の話をしているときに悲しい表情を浮かべる人はいないはずだ。
「いつもは何をして遊んでるのかなって」
「んー、おままごととかお医者さんごっことか」
「そっか。さっき言ってたみよちゃんと遊んでたの?」
「うん、そうだよ!」
みよちゃん、という名前に純太君はパッとひまわりのような笑顔を向けた。
「僕はみよちゃんと一緒にいつも遊ぶんだ。いつだってずっとずっとみよちゃんと一緒なんだ。ずーっと一緒だよってみよちゃんが言ってたからこれからもずっとずっと一緒にいるんだ」
「そっか、純太君はみよちゃんが大好きなんだね」
「うん。でも最近、みよちゃんが一緒に遊んでくれないんだ」
純太君の表情が暗くなる。いったいどうしたんだろう。
ああ、でも、もしかしたら。私にも覚えがある。小さい頃、仲良くしていた二つ上の近所のお兄ちゃんがいた。毎日のように一緒に遊んで駆け回ってどろんこになって、こんな日がずっと続くんだと思っていた。でも、大きくなるにつれ年下の女の子と遊ぶのが恥ずかしくなったのか、次第にお兄ちゃんは私と遊んではくれなくなった。そうこうしているうちに私にも学校で友達ができ、気づけば一緒に遊ぶことはなくなっていった。
もしかしたらみよちゃんにも他に仲のいいお友達ができて純太君と遊ぶことがなくなっていったのかもしれない。でも私は知っている。置いて行かれた方の悲しさを。
「みよちゃんは僕のこと、嫌いになっちゃったのかな」
今にも泣き出しそうな顔で純太君は言う。その想いに胸がギュッと締め付けられるように苦しくなる。
「そんなことないよ!」
「え?」
「そりゃ、大きくなるにつれ恥ずかしかったり照れくさかったりと異性の友達と遊べなくなることはあるけど、でもそれは心の成長であって嫌いになったわけじゃないよ。きっとみよちゃんだって今も純太君のこと大好きだと思うよ!」
「……ホントに?」
「ホントだよ! 明日菜ちゃんが断言する!」
ホントはみよちゃんの気持ちなんて私にはわからない。もしかしたらみよちゃんの中で何かがあって純太君と一緒にいたくなくなったのかもしれない。もう遊べなくなったのかも知れない。でも、そんなことを今この場で純太君に伝える必要なんて、ない。それはきっと彼が大人になるときに自然と気づくことだと思うから。
「そっか。今でもみよちゃんが僕のことを好きだって、そう思ってくれてるってだけでここがが温かくなる」
純太君は手のひらで自分の胸を押さえると、嬉しそうに微笑んだ。
「…… ありがと、明日菜ちゃん」
そして――純太君は私の前から姿を消した。
「え……ええっ!?」
慌てて立ち上がった私の目に映ったのは、さっきまで純太君が座っていた場所に転がっている小さな犬のぬいぐるみ一匹で……。
「どういう、こと……?」
「なんだ、やっぱり気づいてなかったのか」
「え?」
理解が追いつかない私を尻目に、いつの間にか目の前に立っていたあの着物姿の男性が片手で犬のぬいぐるみを掴んだ。
「あんたがさっきから喋ってた子ども、これだよ」
「これって……ぬいぐるみですよね? 何言ってるんですか、純太君は人間ですよ」
「あーめんどくせえな。だから、それはあんたにそう見えてただけで、本当はこいつなんだよ。つーか、そんなこともわかんねえやつがどうしてあの姿が見えてんだよ」
「な、何を言ってるのか全くわかんないんですけど!?」
目の前のこの人はいったい何を言ってるんだろう。あれか? あれですか? イケメンすぎて常人の私には理解できないとかそういうことですか? だってどう見てもこの人が持っているのは犬のぬいぐるみで先ほどまでの純太君の姿とは似ても似つかない。こんなの子どもだって信じない。
「大事にされてきた人形には魂が宿るって聞いたことねえか?」
「あります、けど……」
付喪神、というのだろうか。長年大切にされてきた物に魂が宿るという話は聞いたことがある。有名なところでは傘に魂が宿った唐傘お化けなんかがある。
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