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「純太はきっと”みよちゃん”に大事に大事にされてきたんだろうな。長い年月ずっとみよちゃんと一緒にいて次第に純太の中に魂が宿るようになった。話しかけてくれるみよちゃんに返事をして、まるで自分も人間のように勘違いし始めたのかもしれない」
「そんな……」
普段なら、背中がゾクッとする類いの話を聞いているはずなのに、先ほどまでの純太君のことを思い出すと胸の奥が痛くなる。だって純太君は言ってた。『最近みよちゃんが遊んでくれないんだ』って。大きくになるにつれ子どもの頃に遊んでいた人形やおもちゃと遊ばなくなるのはよくあることだ。……私たちにとってはよくあること。でも、純太君にとってはそうじゃない。ずっと一緒にいたみよちゃんに棄てられたようなそんな気持ちになったのかもしれない。
「悲しいですね。純太君はずっと一緒にいたかっただけなのに」
「想いが強くなりすぎるとそうも言ってらんねえけどな」
「どういうことですか?」
そういえば純太君は、この人形はどうしてここにあるのだろう? みよちゃんのお人形のはずなのに。そもそもこの人は誰でいったいここは何屋さんなのだろう。今更な疑問が頭を過る。
「……あれは、悪霊になる寸前だった。いや、もう半分堕ちかけてた」
「悪霊? でも、純太君はあんなに可愛くて……」
「みよちゃんへの想いが大きくなりすぎて持ち主から棄てられても何度も何度も家に帰ってきてたんだ」
「え?」
その言葉に、背中に冷や水をかけられたようなそんな感覚が走った。
「人にあげても燃えるゴミに出しても違う街のゴミ箱に棄てても、何度も何度もだ。みよちゃんに会いたい一心、といえば聞こえはいいが、執着して粘着して、持ち主が怖がろうが気味悪がろうが何度も何度も戻っていったんだ」
「それ、は」
ちょっと、いやかなり怖いかもしれない。
「最終的に魂抜きに出されて、俺のところにやってきたってわけだ」
「あの、今更なんですがここって何屋さんなんですか? それに魂抜きって?」
私の疑問に、目の前の男性は呆れたような表情を浮かべて、それからため息をついた。
「ここは送魂屋。人形や物に残る魂をあの世に送るための場所だ」
「そうこん屋」
「魂を送ると書いて送魂」
いまいち漢字のイメージがつかめなかった私に、目の前の男性は苦虫をかみつぶしたような表情で説明してくれる。送魂。送魂屋。読んで字のごとく魂を送る仕事ということらしい。普段ならそんなことを言われても信じられなかったし、あの世なんてあるわけないじゃないですか。人間は死んだら燃やされて骨になってお墓に入るんですよって笑い飛ばしてしまったかもしれない。でも、先程の純太君が消える姿を見たあとではそんな軽口はたたけなかった。
「じゃあ、純太君はあの世に行ったんですか?」
「ああ。向こうでみよちゃんに会えただろうよ」
そっか、みよちゃんはもう亡くなってたんだ。
大好きなみよちゃんが死んでしまったことも知らず、ずっと待ち続けた純太君の気持ちを思うと胸が痛くなる。向こうでみよちゃんに再会できてまた一緒に遊べているといいな。
「と、いうことでだ。お前、ここで働く気はあるか?」
「あります!」
「仕事内容を聞かずに返事をするってどれだけ困ってるんだ」
「え、聞きます? 聞きたいです? 話せば長くなりますしあまりいい気分にはならないと思いますが」
「やめとくわ」
ちょっと聞いてほしい気持ちもあったのに、私の言葉を即切り捨てると、目の前の男性は純太君の人形を差し出した。
「んじゃ、最初の仕事だ。これを廊下の一番奥の部屋に突っ込んでおけ」
「わかりました。あ、そうだ。あなたの名前教えてください」
「お前、名前も知らないやつの家に入るってどんな神経してるんだ」
「だ、だってあのときは仕事がもらえると思って焦ってて」
「変な仕事を押しつけるやつもいるから気をつけた方がいいぞ。まあ、うちの仕事が変じゃないかと言われたらなんとも言えないがな」
くっと喉を震わせて笑うと、その人は私の方を向き直った。
「俺は柘植悠真。この店の店主だ」
「私は――」
「明日菜、だろ」
「どうして」
名前を言い当てられてドキッとする。どうして私の名前を知っているんだろう。まさか、人形の魂が見えるだけじゃなくて人の心も読めるのだろうか? だとしたら、今こんなふうに思っていることもバレているということで。なんならあまりのかっこよさに言葉を失ったことすらバレて――。
「お前の名前はさっき純太に言ってるのを聞いたからな」
「なんだぁ」
「だから霊が見えるから心も読めるんじゃあ、とか余計な心配はしなくていい」
「ど、どうして考えてることがわかったんですか!?」
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