第一章:再就職先はわけあり古民家謎の店

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「心を読めなくても、それだけ顔に出てたらわかるわ」  呆れたように言われ、慌てて両手で頬を覆う。そんなにわかりやすかっただろうか。そりゃ大学の頃から感情が顔に出るとか何を考えてるかバレバレだとか言われてきたけど、長い間一緒にいたらわかることもあるし口に出さなくても伝わることもあるからそういうことだと思ってたのに、こんな初対面の人にまで言われるなんて。  これからなるべく顔に出さないようにしよう、どうしたらいいかわからないけどとにかく無表情でいれば……。 「無表情でいたってわかるぞ」 「だからどうして心を読むんですか!」 「読んでないって言ってるだろ」 「うるさいわねぇ」  柘植さんの言葉に、文句を言う私をどこからか聞こえた男性の声が咎めた。男性、なのだろうか。低い男の人の声に聞こえたけれど、口調はどこか女性のようで……。  トコトコと廊下を歩くような音が聞こえるところを見ると、部屋の外にいる誰かはこの部屋に向かって歩いてきているようだった。  入ってきたときは気づかなかったけれどこのお店にはもう一人店員がいるのだろうか? そんなことを考えていると、襖がパシッと開いた。 「あんたたち騒ぎすぎよ。眠れないじゃない」 「……え?」  襖は開いた。誰かの声はする。でも、そこには誰もいなかった。  もしかして、また霊……? 「あ、な、え、」 「何変な声出してんだ」 「そうよぉ。と、いうかあなただあれ?」 「つ、柘植さん。この声、聞こえてますよね? 私にだけ聞こえてるわけじゃないですよね?」 「何言ってんだ」  眉間に皺を寄せる柘植さんに思わずすがりつく。 「だ、だって声はするけど人の姿は見えなくて。だ、だからこれってもしかしてまた霊とかそういう」 「ああ、そういうことか。お前、視線を落とせ。足下を見ろ。足下を」 「足下? 足下って、え?」  言われた通り視線を落とす。するとそこには、真っ白の毛並みの猫がいた。 「ね、こ?」 「失礼しちゃう。あたしには(ウタ)っていう名前があるのよお」 「詩、さん」 「そう」  ふふんとでも笑っているかのように柘植さんの足に尻尾を絡ませながら詩さんは言う。もう何が何だかわからなかった。でも、人形に魂が宿るぐらいだもん。喋る猫がいたって不思議じゃない、のかもしれない。多分。 「邪魔だ、絡みつくな」 「酷いわね。で、この子なに? あんたの彼女?」 「猫鍋にされたいのか」 「動画撮るならお金取るわよ」 「新しい従業員だ」 「へえ」  柘植さんの言葉に、詩さんはニヤッと笑った、気がした。 「あたしがいるのにこんなちんちくりんを雇うの?」 「背に腹は代えられねえ」 「ふうん? 仕方ないわね。ちょっと小娘」  とことこと尻尾を揺らしながら詩さんは私の前に歩いてくると、前足を私に差し出した。差し出したというよりは雰囲気的にはきっとバンッとかそういう効果音がついてそうな感じがする。けれど、見た目は可愛い白い猫なのでそんな迫力はない。  と、いうか今聞き捨てならないことを言われた気がする。 「なっ、小娘って私のことですか? 私には明日菜っていう名前が!」 「明日菜、ね。たいそうな名前だこと。いい、明日菜。ここではあたしが先輩なんだから。あたしの言うことをちゃんと聞きなさい」 「はい!」 「いい子ね」  猫にいい子と言われることに違和感を覚えるけれど、そこは染みついた社畜魂。年下の先輩だっていたんだから猫の先輩がいたっていいじゃない。  でもそんな私たちの会話を、柘植さんは頭が痛そうに見ていた。 「どうかしたんですか?」 「お前、環境の変化に溶け込みやすいって言われたことは?」 「どうしてわかるんですか? 基本バイト始めたときは三日目ぐらいで『前からここで働いたてたっけ?』と、言われます」  おかげで新しいところで働くのに苦はない。ただ仲がよくなりすぎるとそれはそれでもめ事が起きることもあって。思い出すと頭が痛いことは一つや二つではない。  でも、ここではそんなことは起きないだろう。だって一緒に働くのは店主である柘植さんと猫の詩さんだけだ。同い年の子がいなければ平和だと思う。多分。  まあ、そんな私の憂鬱さは置いておいて。私の返答に柘植さんは納得したような、何か思うところがあるような顔で頷いた。 「ああ、うん。そうか……。つまりコミュニケーションお化けなんだな」 「え?」 「いや、なんでもない。とりあえず三ヶ月試用期間。その後、問題なければ社員に格上げ。それでどうだ」 「はい! 問題ないです! よろしくお願いします!」
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