第二章:黒みつ団子と青い瞳のフランス人形

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第二章:黒みつ団子と青い瞳のフランス人形

 その日は結局、契約条件やお給料、勤務時間などを確認して書類をもらって終わった。何か仕事はないですか、と尋ねたけれど純太君の後処理があるからと帰されてしまった。  それならば、とお昼に近かったけれどきなこアイスのお店に行って噂のきなこのアイスを食べることにした。  平日の、それもお昼時にもかかわらずお店の外には数人並んでいたけれど、それでも休日よりはマシだろう。三十分ほどで私の順番が来て、無事アイスクリームを食べることができた。  ちなみに私はプレーンのきなこと黒ごまを頼んだのだけれどどちらも味が濃厚で、これを食べたらコンビニのアイスは食べられないかもしれない。や、食べるけど。あれはあれで美味しいんだけれど。 「すっごく美味しかったです! また来ます!」  帰りに鼻息荒く言う私にお会計をしてくれたお姉さんはパンフレットを手渡してくれた。苦笑いを浮かべていた気がするのは気のせいだと思っていよう。  何はともあれパンフレットを持って京都河原町駅まで戻る。  そしてふと思いついて、駅直結の高島屋内にある本屋さんへと向かった。せっかく京都で仕事をするのだ。どうせならいろんな美味しいお店を巡りたい。お昼ご飯は今までお弁当だったけれど、これを機に外で食べるのもありかもしれない。  京都の美味しいご飯が載っている雑誌と同じく京都の甘味処特集が載っている雑誌を買うと、私は茨木までの切符を買ってマンションへと戻った。  翌日、就業時間は九時からということだったので、それよりも三十分ほど早く京都河原町駅へと着いた。そういえば、私が大学生の頃はたしかここの駅名はただの河原町駅だったはずだ。訪日観光客への配慮からかいくつかの駅名が変わったときに京都河原町駅と名前が変わったらしい。  そんなことを考えながら改札を出て、昨日通った道を歩く。通勤時間というには少し遅く、観光客が来るには少し早い。そんな時間だからか、いつもは人で溢れている四条大橋も、今日はまばらに歩いている人がいるだけだった。  それにしても、本当に大丈夫なのだろうか。  私は昨日のことを思い出しながら、小さくため息を吐いた。  鞄の中には、念のため昨日もらった書類が入っている。疑うわけではないけれど、冷静になってみると怪しさしかないあのお店に改めて行って『そんな契約していません』なんて言われたらたまらない。狸ならぬ猫に化かされないとも限らない。  それでも今日あのお店に向かうのは、契約をした以上私はあの店の従業員で、社員で、雇われた人間だから。これでもし私が行かずに無断欠勤なんてことになったらと思うと、化かされてでも出勤した方がいいとそう思ってしまったのだ。  古民家が並ぶ道のりを歩くと、当たり前だけれど昨日と同じ場所にお店はあった。昨日は気づかなかったけれど、お店には小さな看板が掲げてあった。 ――送魂屋 夢幻堂(むげんどう)――  なんて怪しい名前だろう。昨日の時点でこれを見てたら中に入らなかったかしれない。……いや、そんなことはないか。昨日のあの状態で仕事をくれると言われたらよほど危ないお店じゃない限り入っていっただろう。  それに、目つきは悪いし口も悪かったけれど、柘植さんからは危険な雰囲気はしなかった。それどころか静謐な空気さえ漂って見えた。  空気を読む、という言葉を今の時代よく使うけれど、私はこの『空気を読む』ことが得意だった。読む、というよりは感じる、と言った方が正しいけれど。  目の前にいる人がどういう感情でいるのかが色でわかる。楽しければ橙色、悲しければ水色、不機嫌なら黒に近い赤、不安や恐怖に駆られていれば真っ黒と言った具合に、その人の気持ちが薄らと色づいているように感じるのだ。  この色は直接見えなくても感じることができる。だから人の気持ちを察するのは得意なんだけれど、それが前職では仇となった形になった。でも仕方ないじゃない。電話の向こうから困ったな、このあと用事があるんだけどな、これじゃなくてよその商品の方がいい、なんて思われたら、それ以上進めることなんてできない。  だから昨日、柘植さんを初めて見たときは驚いた。柘植さんの感情には色がなかった。正しくは透明に近い白。神聖で純粋で、でもどこか無を感じさせる色。あんな色に出会ったのは初めてだった。  ああいう仕事を生業としていたらそんなものなのかもしれない。でも、今まで会ったことのあるお坊さんや巫女さんはピンク色だったり紫色だったりと俗世にまみれた色を感じたことも多かったから余計に驚いた。  驚いたといえば、あの真っ白な髪の毛にも、だ。あれは地毛なのだろうか。それとも染めている? もしくは、白髪になるようなことが何か――。 「おい」 「ひゃうっ」
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