見た目の良い獣

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見た目の良い獣

※  二日後、この日の葬儀も同じような顔ぶれだった。派手な頭が幾つも並んで、俯いて経を聞いていた。  参列者の中には昨日の出棺の時点にはいなかったあの高額な動物のような美人もいた。今日も毛並みの良い派手な髪は健在で、やはり今日も多くが俯く中、目線だけは落ちていたが正面を向いていた。  それを確認出来るだけ、自分が美人を見ていたことにもなる。正直に目を惹く。自分の好みだとかを抜いても線の細さも、少年と青年の間のような体格も、どれもが相まって見ていたくなるような、気を抜けば、気が付けば視線が向いてしまう。  この日は二日前に比べて賑やかだった。通夜が始まるなり喪主の父親と故人の兄が賑やかなのが好きな故人の為に、いつものように騒いでやって下さいと涙を滲ませながら自ら音頭をとっていた。  時折、こうした明るい通夜がある。この仕事を始めた時どこかの寺の偉いお寺さんにも言われた。故人が最後に見るものは幸せな方が良い。そして葬儀や通夜自体が故人へのものであったとしても、本当の所遺された人間が事実を受け入れ、きちんと送る心構えをする日なのだと。故人の為の儀式は残された遺族の心の為でもあると。  その割に、自分は出来なかった。あの日のことを思い出してもそんな余裕など、どこにもなかった。いきなり通夜で、対故人と、葬儀屋の社員、受け入れられる日数すらもなかった。言うは易く行うは難し、ああいうことを言うのだろう。  自分は出来なかった分、こうして明るい通夜を見ると感慨深いものがあった。勿論、全く逆のものも散々目にはして来たが。  通夜ふるまいの席での賑わいが離れたキッチンにまで届く。飛ぶように出る生ビールの注文も漸く落ち着いて来た頃か、出入りする者も少なくなり束の間のひと息をついた所だった。  なんの掛け声もなく、キッチンの扉が開かれた。そしてそこにいたのは社員ではなく、あの派手な髪の色の美人だった。  慣れてはいないはずの喪服もまだ若い所為で制服味があって『着られている』。緩めたネクタイが一層場にそぐわず、そういうチンピラのようにも見えた。 「あのー」 「はい、なんでしょう」  美人はこちらの存在を確認してから声をかけ、周囲を見渡しながら近づいてきた。  急用だとしても一応は部外者を入れるわけにもいかずこちらから近づくと察して留まり、まじまじと胸元のネームプレートを見ていた。この動作でクレームかと身構えたのも当然で。 「シンタニサン?」 「アラヤです」 「何回か会ってるの、覚えてます?」 「はい、先日のお通夜にも」 「あ、大丈夫、そんななんか、かしこまらなくても。ほら、よくあるでしょ。別に仲良かったわけでもないのにクラスメートだからって出なきゃならない時」  多分、大分顔に出てしまっていたことだろうと思う。「はあ」と喉から出た相槌が、思った以上に棒読みだった。 「あの」 「しませんか?」 「はい?」 「俺と」 「あの、なにを」 「だってあんたもゲイでしょ?」  美人な見た目に反して少し掠れたハスキーな声が良いと思った。が、その頭も、どうやら少し掠れているのかなんなのかしているらしかった。  運が良い、そう思えるよりも先に『やべえ奴』という言葉が頭に浮かんだ。 「職務中ですので」 (なに言ってんだこいつ……) 「じゃあ仕事終わったらいいの?」 「そういうわけでもありません」 (いや、幾つだ) 「なんで? しようよ。俺たちの世界はそんな広くないよ。手近で良さそうだったらとりあえずしてみたらいいじゃん」 「お客様」 (あんま大きな声で言うなよ) 「ていうかゲイってとこは否定もしてないね」 「……」 「そら見りゃわかるけど」  断れど断れど、まるで店員だということをいいことに我が儘を言い続ける客のようだが、それよりも内容が内容だけにタチが悪かった。知っている、この世界が狭いことも、そうそういいものに当たれないことも、いいものを逃すとしんどいことになるのも。わかっているが、そういう問題でも、そういう場所でもない。 「わかった、こんな場所じゃ反応するもんもしないって言うなら一回引いてあげるから。これ借りるよ」  言って、頭が少しあれな美人は生ビールの注文数を記入する紙に、返答も待たず書き込み、更にをこをちぎって押し付けて来た。 「番号とID。したくなったら連絡して」 「……しません」 「はたき落としもしなかったくせに、紙」 「……」 「してよ。ギリ二日くらいなら待っておいてあげるから」  見た目に反してとんでもない獣かなにかだったらしかった。ペットショップでとんでもない値段をぶら下げても、金持ちの家で庶民より良いものを食べているよりは野生で自分よりでかい相手にすら噛み付きそうだ。  頭が少しあれな綺麗目の獣は去って、キッチンは再び遠くの賑わいが届くだけの場所になった。
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