意外と利口

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意外と利口

※ 「三日も待っちゃったよ」  火葬を終えた後遺族、参列者がいなくなった式場や通夜部屋を掃除、片付けた後。退勤の挨拶を言い終わると同時に、この声だった。  関係者用の出入り口は数段の階段で高く、左右に分かれて降りられる。その、正面、つまり足元、柵を経てあの派手な頭をした、獣にしては小綺麗な彼が、待ち構えていた。  「いや、嘘だろ」と、聞こえたか定かではないが口をついて出たのは確か。急いで扉を閉めて同僚達の目に触れないように遮った。 「ねえ、なんで連絡くれないの」 「来ない時点で察しろよ」 「あ、喋った」 「この間も喋っただろ」 「そういう感じじゃなかったじゃん。いいね、いいね」 「……」  無視されたことにも気が付いてはいないのか、構わず車へ向かう背中にも頭があれな綺麗目の獣はついて歩いた。後に続く軽やかに聞こえる足音が躍っているようで、大雨の日よりも駐車場が遠いことが憂鬱に思えた。 「ねえ、仕事終わったんでしょ? 今から暇でしょ? しようよ」 「暇じゃねえし、しねえよ」 「子供相手だと思って自制利いてんの? 二十歳越えてますー。あんた何歳? おじさんなのはわかってるけど」 「同年代と遊んどけ」 「なにそれ、この世界そんな広くないって歳いってんならしってんじゃん」 「あのな」 「わかんないじゃん、してみたら良いかもしれないよ。まずはしてみりゃいいじゃん」 「この職場でその状況でいきなりがっついて来るような危ない奴にお試しなんかあるか」 「じゃあどんな出会いがいいんだよ」  なんでそんなはっきりと同じ言葉を言うんだよ。  聞き覚えがありすぎる言葉に正直はっとして立ち止まってしまった。頭の中にすぐさま思い浮かぶこの現象も、いい加減付き合いが長くなって嫌になる。  背後の見た目の良い獣も従順に立ち止まって、こちらを窺っているようだった。振り返るととても不満そうな顔をして、少し離れた場所で佇んでいた。最近よく見る大きなサイズのパーカーにも、やはり着られているように見える。その原因は相当やせ型なんだろう。そこから生えた足が本当に細い。  少年と青年の間、見た目は良い、とても良い。でも今かと思える。まだだと気が滅入る。 「……まだそういう考えにはなれない状態なんだ。こっちにも、色々あって。だから安易にお友達からとも言い切れないんだよ」 「ふうん」 「子供じゃないって自分で言ったんなら、それはわかるだろ」 「そーね。わかってやらなきゃダメだよね」  「どういうことだ」」と聞いてしまうと負けだと思った。 「帰ってくれるか。俺も帰るし」 「帰るけど、また来るよ」  今しがた断られた人間の足取りとは思えない程軽やかに去っていった。離れてから思い出したのであろう、振り返って、まだこちらが見ているとは限らないのに「連絡してね」と叫んだ。それを確認出来ただけ、まだ見てはいた。  車に乗り込み、一呼吸置いた。  確かに狭い、本当に狭い。合う合わないだけで考えれば更に、そこに好みや挙句感情を乗せても更に。とりあえず知ってみるというのも、わかる。それでもよしとは出来ない自分がなにに引っ掛かっているのかも、そうしているのもよくないことも、意味がないことも。 『じゃあどんな出会いがいいんだよ』  一年と少し前にも同じ言葉を聞いた。今ではそんな出会いでもよかったとしか、思いようがない。  三日前に置いたままの紙切れが、助手席のシートに転がっている。開くとそこには連絡先もある。ぐにゃぐにゃした筆跡で書かれた〝オビナタセイ〟という名前も。  もしも〝セイ〟という名前が静かという漢字なのだとしたら、同業者に聞いた名前に入ったものは得られないという話も、あながち間違いでもないのかもしれない。  きっと黙っているのも、じっとしているのも苦手だろう。それがよく通夜の最中に大人しく出来ていたものだ。ずっと大人でも暑さと経に負けて目を閉じるというのに。
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