解除からの解放▲

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解除からの解放▲

※ 「おい、停まるまで待て」  指定された場所まで見た目の良い獣を迎えに行って、もう、その時点から待つ気はなかった。これまで出来た待ての行為に一気に『よし』がかかったかのように。せめてと夜で一層人の往来がない道に入った頃には本当の獣のようで、車が停車するのも待たずこちらのモノを咥えていた。  漸く車を停めてこちらの手が空き、その毛並みの良い派手な頭を引き剥がすととんでもない音を立てて口を離した。こちらを見る顔は相変わらずの見た目の良さなだけ、その差分を埋める作業が頭で狂いそうにもなる。 「事故る」 「なに、事故りそうなくらい良かった?」 「お前咥えられたままチャリンコ漕げるか?」 「それは物理的に無理」 「こっちも無理なんだよ」 「もーいいから早くしてよ。何日待たされたと思ってんだよ」  それが楽なのか好みなのか、本日も見た目の良い獣は体には大きすぎるパーカーを着ていた。その内で泳ぐ体を考えると、少し良かった。  早くと性急に跨るのに合わせてシートを倒して空間を作ったがそれでも狭いに変わりはない。正面に来た体を撫で上げるようにパーカーを脱がしていくと、まだインナーにされた薄手のカットソーに覆われてはいるものの考えていた通りの華奢な体が現れた。更にもう一枚を脱がしていく手が冷えている所為か体がグネグネと逃げるように動いた。指に感じる骨も、体の薄さも、思い浮かべていた通りだった。  見た目の良い獣が手慣れた手つきでスーツを剥いでいく。解いたネクタイを引いて、シャツのボタンを外す手にもまごつきはない。既にここまでで何度も重なった唇にも戸惑いの一切がない。それが逆に良いのは何故か。綺麗なだけではないものが好ましい自分の趣味に、ここに来て自覚がついた。 「眼鏡じゃまじゃない?」 「とって」 「折りそう」  外した眼鏡をダッシュボードに放り投げながら言う言葉ではないが、助手席に置かれるよりは大分マシだった。きっとレンズも割れて外れて、大変なことになる。  薄っぺらい胸を舐めると呻って頭を抱いた。首へ移動すると耳を噛んだ。こうなったらこうする、というのに迷いがない。勢いのまま行為が進んでいくようだった。  食らいつくようなセックスが似合いで、そこに見た目との違和感は生まれなかった。  いつも中身の足そのままのような細身のパンツを膝立ちになって自分の手で下げ始めたが跨がる状態でいる所為で上手く脱げず、唇を合わせる動作で這い上がり、丁度尻までが露わになる所まで強引に下げたようだった。  そのまま何度も唇を合わせる。尻の下でたごまるパンツと下着、足に直接触れられないのは残念だったが、その分小さな尻が柔らかく、心地よかった。  互いの性器をまとめて握ると「もっと」と擦り付け、後ろを触り始めると「早く」と言ってこちらのモノを握った。甘く鳴いて、受ける感覚に従順に。  溢れるものがすぐに服に染みて足りず、唾液で後ろを濡らして挿入(はい)った。  くねる腰が細く、頼りなく、そこを掴んでいるとまるで挿入(いれ)た自分のモノを挟み押し付けているような気分にもなった。  その腰を更に押し付けて、前後に腰を動かす様が貪欲で煽る。 「漏れてんのかこれ」  モノを握った右手が酷く濡れて、つい、愉しくなって笑った。 「そういうのも好きでしょ」 「車ではして欲しくねえなあ」 「ねえ、舐めてみていいよ」 「なんだそれ」  見た目の良い獣の華奢な手が自身のモノに伸び、その手で、親指で唇に触れ、口の中に差し込まれるとぬめったものが舌に残って、そのまま指を愛撫した。 「やばー」  くにゃくにゃと、しな垂れるように抱き着いた体に反して後ろがひくつく。今のどこかが、お気に召したようだった。 「ねえ、動いて」 「動いてんだろ」 「イク時は自分で動くんじゃなくてがっつかれたい」  「されてる感が欲しい」と尻のモノを抜きながら膝立ちになり狭い車内を移動し始めた。それに合わせてシートの上で半身をよけ、作った空間で丁度良い。這うように移動していく腰を引き戻し、後ろから挿入(はい)った。甘く鳴く、尻だけを高く、シートに這いつくばって。  鳴いて息を止めた瞬間に出したのだろうと思う。一際中が引き攣ってうねり、そこを突いて出した。  されている感がお気に召してもらえたのか、今や乱れた獣は更に見目麗しい。ぼんやりとした目をどこかに投げて耽っているようだった。  街灯で漸く見えるだけの繋がった場所が照り、光の動きで収斂している様子が窺えた。緩く揺すって引き抜くと糸が残り、切れた。  暫く耽ったままでいるのを運転席のシートに置いて助手席へと移った。薄暗い中でも見えるだけスーツが酷い。耽っているあの体の下はもっと濡れているだろうし、明日は出勤前に掃除をしなければならないことに気が付いたが、それでも後悔するような気分でもなかった。  耽った獣に目をやるとぼんやりした目がこちらを向いていた。毛並みの良い髪を撫でてみるとゆっくりと瞬きだけをした。この瞬間は見た目通りで、度々ちぐはぐする印象に完全に惹き込まれている自覚がついた。 「下の名前なんだっけ?」  耽った獣は五分後にはいつもの状態に戻り、今は助手席で濡れたパンツをティッシュで拭っている。こちらは一度車の外に出て運転席のシートをどうにかしたが、においがとれるはずもなく、諦めて座りドアを閉めた所だった。 「イチヤ」 「カズナリとかだと思ってた」 「高校の卒業式の練習の時までカズヤで間違えられてたな」 「いたねそういう奴」 「オビナタセイ?」 「大きい日の方角の星」 「静かじゃなかったな」 「星でも十分恥ずかしいとこあるわ」  ドライに笑って、星は衣服を拭う作業を終えた。その吹き終わったティッシュを、運転席と助手席の間に捨てた所までを流れるように。 「ほんとに、悪かったな」 「いいよ」 「また会えるか?」 「ほら、やっぱりしてみて良かっただろ」 「いや、最初に見てたのは俺なんだよ」  近寄る顔を押し込むように口づけた後、星は「それはどうだろう」と呟いた。  この日からしがらみを先走らせる前に星に連絡と取るようにした。自分の存在などなかった人間の人生に縛られるのはなにも意味をなさない。そこにはいなかった、俯瞰して見た景色を幾ら確認し続けても、自分の姿を探し出せるわけもない。浸るのも夢を見るのも、それ以前の問題なのだろう。  何度目かに会った頃には冬が完全に始まって、そろそろ車の中でするのもどうかとなった。聞けば星はこれまでこの土地ではない場所で生活をしていたがこの秋に地元に帰って来たばかりだった。今は職探し中で実家に間借りさせてもらっているという。実家で間借り、というのもどういう表現なのか、よくわからないが。  少し、けじめのようなものを感じた頃だった。手を出しておいたずっとこのままではよくない。季節と温度にかまけて今、というのも悪くはない気はした。
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