お祝い

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お祝い

※  車の窓に過ぎていく景色を眺めて、遠足のバスの中で正直に楽しみと言えない子供のようだった。自覚なく口数が増えていることや、そもそもでソワソワしてる自覚もないようだった。ここに来て急な年齢差による可愛げが出てしまうと少し引けてしまう。そんな『子供上がり』を、今から自宅に連れ帰るというのに。  家に行くと伝えた時、(せい)は自分の家に送り返されるとすぐさま思ったようだった。違うと言って更にどこのと聞く様子から自分がどれだけ星をそうして扱ってこなかったのかと自責した。それでなくともよくない大人であろうに、余計によくないおじさん味が増してしまった。やはり今がその時で間違いはなかったようだった。  そう考えた後にしたことが、これではあるが。  部屋に入って、キッチンや風呂、トイレやクローゼットまでひとしきりの探索を終えた星は衣服こそ着てはいるものの、既に最初の時のように膝に跨って向かい合っている。  独占欲が強いのだなと感じるのは、こうして二人きりでいてもまずは必ず、膝に乗る。そうして両手を顔や首に添えてそれだけに集中させようとする。この場合は、唇だけに。 「ちゃんとお祝って」 「これは違うのか」  ケーキの箱を開けながらリビングでもソファでもなく一目散にベッドを選んで、そこで食べ始めるのかと思いきやこうし始めたのは(せい)だった。ベッドの上には一旦放置された箱が所在なくしている。  ベッドのへこみで傾いている箱を正して中身をみるとやはり少し箱にクリームが持っていかれてしまっていた。その部分を右手の人差し指で掬い取り、(せい)の口に運んだ。躊躇いもなく咥えて指ごと味わう、恥ずかしげもなにもない(せい)のこの言動が心地よかった。 「美味いよ、食べないの」 「スポンジ嫌いなんだよ」 「なんで買ってきたんだよ」 「お前の為に」  もう一口、求める(せい)にもう一度クリームを指で掬って口に運ぶと少しスポンジもえぐってしまったらしく(せい)の口に収まる前に指から落ちかけいっそ舌で押し込んだ。差し込んだ指を引き抜いて、落ちかけたスポンジもクリームも、まるごと全て、口づけて。  その行為自体だけではなく味覚まで甘ったるいキスは初めてかもしれない。(せい)の見た目や存在に、なにより合った印象だった。丁度、自分にとってもそう成り始めたように。 「もうちょっと特別にしてくれないと特別感ない」 「出来ないこと以外はどうにかしてやる」 「なんでも?」 「今制限アリって話で進めたろ」 「俺のこと好きって言える?」 「言える」 「言って」 「好きだよ」 「やばー」  言わせる為に聞いたはずだろうが、(せい)はぐにゃりと背を曲げて肩に伏せた。  毛並みの良い、高額な犬猫のように綺麗に染まった髪が首に蹲る。思えば最初に目を惹いたのはこの髪だった。髪によくあった甘い見た目がその次に、少し掠れた声、服の中で泳ぐような線の細さ、ここまで気が行っていて、馬鹿みたいにしがらみに縛り付けられていた。  目の前にいるのは(せい)で、今はどこにもいやしないものにばかり気が行っていた。既に会えることもない相手から離れるのを恐れ、声を聞けて触れられれ星に近づくことを拒んでいた。思い返せばあまりにも愚かで、そんな自分に対して(せい)は気を長くして向かい合ってくれていた。これに感謝しないわけにもいかない。  虚しく記憶の中で測ることもなく、強く抱けばその体は腕の中にある。この幸福は、自分自身が噛みしめなくてはならない。  あまりにも強く抱きしめて、(せい)が笑う。いつかこの想いは伝えるとして、今日は(せい)を祝う為に。 「(せい)、好きだからお祝いはベッドでしよう」 「どういう理屈になんのそれ」  抱いたままベッドに転がると、照明の弱い暖色を受けて一層線の細さが際立つ星が見下ろし、ゆっくりとその唇が降りて来た。まだ、口づけは甘い。これが味覚の所為ではなくて心によるものであると、今ははっきりとわかる。 「……でも、最初に見たのは一也(いちや)君じゃなくて俺だから」  身に覚えはない。けれど自信満々に(せい)は言う。  唇が重なる、何度も重なりながら、互いの手は互いの肌に触れて脱いだ衣類が床にずり落ちて行く。  ベッドのスプリングが軋んで、同じように(せい)が鳴く。今度は掃除の手間もいらないシーツの上で、(せい)の中で。
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