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「ただいま」
「おかえり! ケーキは?」
「こちらです、お嬢様」
「たしかにおうけとりしました」
娘が首だけでおじぎをして、ケーキの箱をダイニングテーブルへ運んでいく。我が家ではひと月半ぶりのバースデーケーキだ。
「ちょっと待ってて」
そう声を掛けて洗面所に向かう。セッティングに夢中なのか返事がないが、聞こえてはいるだろう。
手洗いうがいを済ませて戻ると、娘はケーキを箱から取り出し終えて、近所の百均で買ったプラスチック製のケーキナイフを構えているところだった。
「もう切っていい?」
「待って、写真撮るから」
「ん」
僕は娘の反対側に回り、メッセージプレートが手前を向くようにケーキを回した。
「撮るから笑って」
「パパは?」
「僕はいいよ」
僕は写真に写るのが苦手なので、自分が主導権を握っている場で正面から写真に写り込むことはない。
「はい、牛さんのお乳からできるのは?」
「チーズ!」
パシャ。ふう。
「ママに送った?」
「うん、送るよ」
僕は出張中の妻のアカウントに写真を送信した。すぐに返信が来る。「なんか陽葵の誕生日みたい。こっちは移動中」。確かに。適当なスタンプを送信しつつ、プレートを取って小皿に乗せる。
「もう切っていい?」
「いいよ」
娘は早く切りたくて仕方がない様子だった。このケーキナイフは先週買ったのだが、いたく気に入ったようでホールケーキを切るのをずっと楽しみにしていた。以前はろうそくを吹き消す儀式もやっていたが、誰も楽しくなさそうだったのでやめていた。あ、録画。ピロン。
「まいる!」
娘がケーキのど真ん中を上から下にナイフを入れていく。唐竹割りってやつか。四号サイズなのでそれほど大きくはないが、まっすぐ切るのは大変なようで同じ場所に何度もナイフを入れている。まあ、プラスチックだしなあ。
断面をぐちゃぐちゃにしながらなんとか真っ二つに切り終えて、次は横向きに薙ぐように切るのかと思ったら、ケーキを九十度回転させて、ナイフをホールケーキの中心に向けた。そして、ケーキの片割れがさらに半分になり、ホールケーキは三分割された。……へえ。
「はあ、はあ」
娘は少し息が上がっていた。
「ほら、もう少しだ」
「え、おわり」
「え?」
四等分するんじゃないのか。半分ずつ切るのは賢いなと思ったんだけど。
「じゃあ、この大きいのが誕生日の僕の分?」
「ううん、ママの。いっつもふたつたべるから」
「そっか……」
なんとなく切ないような感動したような余韻に浸っていると、娘がソファに腰掛けてぽんぽんと隣を叩いた。僕がそこに座ると、寄り掛かってくる。
「つかれた」
「よい仕事でした、お嬢様」
「ん」
今にも寝入りそうな娘を撫でながら、僕はぼんやりとケーキを眺めていた。
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