ep.1 冷徹姫と呼ばれて(1)

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ep.1 冷徹姫と呼ばれて(1)

「営業2課の米野主任、退職願受理との報告を受けています。今月3人目の依願退職者です」  上層部が集う早朝の会議室。うつむいた顔にかかる長いストレートヘアをふわっと払い、無表情で資料を読み上げるのは、石動(いするぎ)陽見香(ひみか)人事部長だ。 (早朝会議なんて私もやりたくはないけど…でもこういう時に仕事に対する姿勢が見えるから、貴重な時間なのよね。ほーら鮫島部長、目が死んで…あーあ酷いあくび。こっちは机の下でスマホ…隠してるつもり?鈴木課長。この人たちの良くない報告はたまに上がってくるなあ。要チェック…)  今どきそれなりの企業なら、29歳女性部長など珍しくもない。だが何せこの会社は、本社を一地方都市に置く老舗中堅企業(社員数700名超)である。前時代的な社風が色濃く残る中、年齢、性別の面で前例のない大抜擢を受けたのが石動陽見香なのだ。  陽見香は、切れ長の目が印象的なクールな美貌と上品な聡明さで、入社以来の社内的有名人だ。地頭(じあたま)がよく努力家の彼女は経営的感覚にも優れており、上層部のウケは最上級。同期の男子をブッちぎって昇進を重ねている。  前期の部長昇進でさらに注目度はアップ。会社公式サイトをはじめ外部メディアにもたびたび登場し、今や社内外で一目置かれるほどの存在になりつつある。 (新規事業開発部、ここ2期はサッパリね。そろそろ(ヘッド)をすげ替えないとダメかなあ。還暦近い鮫島部長に新規事業って言ってもね…だからあくびやめなさいっての、本当にこのおっさんは)  石動陽見香の本分は「コストカッター」。生産性が悪かったり、勤務態度に難があったり、上層部に反抗的な社員を「決して会社事情ではない形で」退職に追い込む役目だ。  いくら美しくとも、いやそれだけに、社員から見れば冷酷な死神的存在である。
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