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 ある朝、律子が目を覚ましてベッド横のカーテンを開けると、掃き出し窓のガラス戸にびっしりと手形がついていた。  一瞬ぼんやりと、すっかりガラス戸汚くなったなあと考える。手形だと認識した瞬間フリーズした。一番下から一番上まで、びっしりと跡がついている。律子の手形などではない、小さすぎる。裸足の足形のようなものも見える。  驚きすぎて悲鳴も出なかった。  十階建てマンションの六階。しかも角部屋ではない。最上階やもっと下の階ならともかく、何故こんな中途半端な家のベランダで、こんなものがつけられているのか。ベッドはベランダの脇にあるのに、物音すら気づかなかった。  ストーカーか強盗未遂か、まさか、霊なんてことあり得ない。  ――気味が悪い。  慌てて警察に通報して、会社に遅刻の連絡を入れたが、電話に出た受付の「声震えてるけど、大丈夫?」という言葉に、泣きそうになった。警察官が来るまでの間、トイレに籠もって縮こまっていた。  やってきた警察官は、ガラス戸を見て、うーん、と首をかしげた。 「雨の跡じゃないですか?」  遠目に見れば、そう見えなくもないが。律子はムッとして言い返した。
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