悪役女子“陽奈子“”

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 至近距離から漂うチョコレートの甘い匂いに、机に向かって課題を解いている陽奈子の集中力は何度も遮断される。  よりによって持ち込んだのはチョコレートか。しかも個包装がいっぱい入っている徳用大袋。  甘党の自分を誘惑する物を持ってやって来るとは、絶対に彼は勉強の邪魔をする気満々で来たんだろう。  ギロリと振り向いて睨んでも、勝手に人のお気に入りのソファーベッドにうつ伏せに寝転んでチョコレートをかじっている憎き幼馴染み。佐藤総一郎はイライラオーラに気付いているだろうはずなのに、何処吹く風といった様子で漫画を読んでいる。  勉強机にソファーベッドに漫画がギッシリ詰まった本棚と、ぬいぐるみとか可愛らしい物が皆無な面白味も無い自室だけど、毎週少年週刊誌の発売日には決まって幼馴染みは週刊誌目当てにやって来るのだ。  我が家とお隣さん、佐藤家の総ちゃんこと総一郎の部屋と陽奈子の部屋は向かい合わせ。  お互いの部屋の窓から窓の距離はほんの40センチくらい。  そのため、物心つく前から総一郎は用がある度に窓を叩いて合図をする。  迷惑きわまりないことに、暇な時は今みたいに窓から陽奈子の部屋へ遊びに来るのだ。  玄関から来いと何度も言っているのに、彼は玄関からやって来るのは滅多に無い。  無視して窓を開けないと、物を投げて窓を割りかねないから仕方なく部屋に入れてやっている。  前世の記憶が甦った幼い頃から、総一郎が女装趣味の男の娘にならないように鍛練に付き合い頑張った結果、彼は「女装なにそれ美味しいの」と鼻で笑えるくらいの立派な青年になっていた。  八歳の時から始めた剣道は全国大会上位に入るまで上達し、ゲームスチルでは手足は細く身長も低かった女の子みたかった体つきは、鍛え続けたおかげで引き締まり、背も陽奈子より頭一つ以上高い。  サラサラの栗色の髪と色素の薄い緑がかった瞳、甘めの整った顔立ちはそのまま、まさに総一郎の外見は女の子憧れの王子様そのもの。  対する鈴木陽奈子は、地味系女子まっしぐらに育った。  ゲームの陽奈子は、吊り目で綺麗だけどキツイタイプのずる賢い女子。  総一郎を目の敵にして苛めたのは、好きな男の子をことごとく彼に奪われたためで、ゲームをプレイしていた時は「そりゃ嫌いになるよな」と陽奈子に同情したものだ。  中身が“陽奈子”の残念陽奈子は、悪役女子にならないことに重点を置いて生きてきたため好きになる男の子も出来ず、総一郎に好きな男の子を奪われることもなく周囲と彼とは波風立つこと無く日々を過ごしていた。  男の娘から爽やか剣道男子へと成長した総一郎とは、兄弟みたいにアニメや漫画の幼馴染みの二人のような、仲良しな関係となれている。  ただし、アニメや漫画と違うのは総一郎は男女ともにモテモテイケメン超リア充で、陽奈子は地味女子の非リア充だという事。そしてお互い特別な感情は抱いて無いという事。  家が隣で幼馴染み、その上学校まで同じとか乙女なら『これって運命!?』とか勘違いしそうだが、二人の間には特に恋に発展する出来度は何も無い。  仲良しでも、まだ高校生のうちは油断はできない。  中学校までは仕方がないとはいえ、高校は被らないように総一郎が受験しそうな高校は避けていたのに、両親や教師の勧めで受験した高校を彼も受験していたのだ。  しかも、入学前オリエンテーションには攻略対象キャラのバスケット部爽やか同級生がいて、陽奈子は気が付いた。  回避したと思っていたのに回避出来ていない。  これがゲームの強制力ってやつなのかと。怖すぎる。  目立つのは陽奈子にとっては破滅フラグ。  以降、なるべく目立たないように陰キャラを演じている。  だて眼鏡をかけようとしたら総一郎に止められたけれど、学校生活は目立たず控え目にしているつもりだ。  学校では、総一郎と一緒にいるのは目立つから構うなと何度も頼んでいるのに、彼は部活ない日は一緒に登校をしようとする。  勘違いした女子達はとても怖いし誤解を解くのは大変だと、訴えても全く聞いてくれない。  外面の良い総一郎の裏の顔を知っているから、彼と恋人関係になるとか想像しただけで吐きそうになるくらい身体が拒否反応を表すのに、こちらの都合はお構い無しに絡んで来る。 (もぉ! 人の部屋で寝転んでお菓子食うなよ)  内心大きな溜め息を吐いた時、漫画を読んでいた総一郎が顔を上げた。  そのタイミングの良さに、一瞬だけ重なった視線を陽奈子は慌てて逸らす。 「ねえ、さっきから何? 課題やらなきゃ杉山先生に怒られるんじゃないの? あの人女子だろうと容赦ないよ。鬼畜だから」 「鬼畜、総ちゃんが言うか? その言葉。総ちゃんがチョコレート食べているから悪い。一個ちょーだいよ」  ぎしり、椅子の肘掛けに両手を置いて立ち上がりかけた陽奈子を見ながら、総一郎は意地の悪い笑みを浮かべる。 「やだ」  キッパリと言い、見せびらかしながら彼はチョコレートを一粒自分の口に放り込む。  カリッ、チョコレートの中にあるアーモンドを音をたてて噛む意地悪っぷり。  アーモンドチョコが好きなのを知っていてのこの仕打ちに、自称温和な陽奈子も心が穏やかでは無くなる。 「杉山先生に叱られたら総ちゃんのせいだ」  言いながら、眉間に皺が寄るっているのが自分でも分かった。  滅多に怒らない陽奈子の苛立ちに気付いたのか、総一郎は漫画を開いたまま表紙と裏表紙を表にしてベットに置き、上半身を起こした。
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