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トラックは理学部棟の横から奥の方に入り込んで、表から見えにくい植え込みの陰を走り、隣の建物の裏で停まった。
この場所なら発見されにくい上にカモフラージュにもなる。さすが葵だ。よく分かってる。奴らは間違いなくこのトラックを目印に俺達を探しに来るだろうし、奴らに理学部棟の中に入って来られたら、もう逃げられない。これぐらい用心した方がいいだろう。
荷台からどっこいしょと下りると、運転席から下りてきた葵に
「だからあんな奴らに構うなって言ったでしょ!」
と改めて怒られてしまった。
「すまん。でもあいつらはっきりと『生存者がいたら困るんだ』って言いやがった。救助隊ではなかったとしても、まさか狙いが生存者の抹殺だったとは思わなかった」
「あいつらの考えることは保身と社会防衛、それだけよ。少数の生存者なんて蠅や蚊ぐらいにしか思ってないわ」
「要するに、そういうことなんだな」
「それよりあなた怪我したんじゃないの?」
「いや……ああ、ちょっとかすり傷」
「見せなさい」
「いいよ」
「見せなさい!」
男の子がお母さんに睨まれてるようなもんだ。結局俺は左手の惨状を葵に見せざるを得なかった。
親指が根元から吹き飛んでいるのを見て、葵は息をのんだ。そのまま固まっている……のかと思ったら肩が少し震えている。何か言いたいのを一生懸命堪えているようだ。
どうせもう死んでるんだから指の一本や二本……と言いそうになったが、どうもそういう空気ではない。
「すまん」
何を謝ってるのか自分でも分からないが、何故か謝りたい気分になってきたので謝っておく。
「後で手当てするわ」
「別に大して出血もしてないし、放っといてもいいだろ」
「……」
葵はこちらをじろっと見ただけで何も言わなかったが……その目にまた涙がいっぱい溜まってることに気がついてしまった。
心配ばかりかけて申し訳ない。
葵は、強い女、クールビューティーを装ってはいるが、内面はそんなに強い女性ではないんだろうな。俺みたいにバカと付き合ってたら保たないぞ。
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