二日目 第十四話 最後の実験

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俺がA国に渡したウイルスのサンプルとゲノム情報は、実は、ぎりぎり完成した『改良型』ウイルスのものだ。 この改良型ウイルスでは、感染してから発症までの潜伏期や細胞内に入ってからの過程は変わらないが、発症してから完全なゾンビになってしまうまでの時間を大幅に伸ばすことに成功した。 『初期型』のウイルスだと、発症後間もない段階で生体としての機能は失われ、意識や理性の働きもなくなってしまう。つまりあっという間にゾンビそのものになってしまう。 しかし改良型では感染、発症しても、完全なゾンビになってしまうまで、心肺機能はわずかながら残存し、脳も働いてる。理性も保たれている。ハーフゾンビというか、ハイブリッド・ゾンビというか、そういう状態だ。 完全なゾンビになってしまうまでの時間は、マウスで約36時間、人間ならおおよそ3~4日というところか。 だから仮にパンデミックが起こっても、すぐに映画やゲームのような大パニックにはならないはずだ。人々はしばらくの間、理性を保って行動できる。 もちろん、それでは生物兵器としてはあまり役に立たない。初期型ウイルスの方がよっぽど破壊力がある。 でもそれが俺の狙いだ。こんなウイルスを作ってしまった馬鹿な俺の、医者としての最後の良心だ。 俺がA国の奴に「これは改良型だ」と言って渡した時、奴はニヤリと笑って嬉しそうに受け取ったが『改良』の内容は訊かなかった。騙したみたいになってしまって奴らには申し訳ないが、俺は嘘は一切ついていない。 そしてもちろん俺はA国に渡って生物兵器の研究に専念するつもりなどさらさらない。 A国の奴らはいざとなったら俺を拉致ってでも連れて行くつもりだろうが、奴らとの契約は俺が死んだところで無効だ。 俺は今から急いで身辺整理を始める。
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