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「だから……その頃には、この人が電波なこと言ってるのは、マジでメンタルやられちゃったんだと思ってたの」
「なるほどー」
「すごい心配で、アメリカまで連れ戻しに行こうかと思ったんだけど、日本へ帰って来るように何度もメール書いたり電話したりしたら、ようやっと帰って来る気になったみたいで、私、成田まで迎えに行ったのよ。それが去年の2月ね」
「葵先生、優しい~」
「でしょ? で、今ほどじゃないけど、この人えらくゲッソリした顔で帰ってきて、私、友達に精神科医の子がいるから、彼女に事情を話して診察の予約もとってもらったんだけど、この人、どうしても行かないのよ。『俺は病気じゃない』って。でも病気の人ほどそう言うのよね」
「へええ、そうなんですか」
「まあ結局、日本に帰ってきてしばらくしたら電波なこと言わなくなったし、だんだん元気になってきたから、もう精神科には行かず終いになったんだけどね」
「山野先生、ちゃんと葵先生の言うこと聞かないとダメじゃないですか。お世話になってるのに」
陽奈が俺に向かって口を尖らせる。俺はもう言葉もない。すいません。両掌を上に広げ肩をすくめるゼスチャーをする。
「でね、私は再三この人に、普通の小児科医に戻ってってお願いしたんだけど、この人は『研究を続けないといけない』って聞かないの。でもアメリカ行ってトラブって帰ってきちゃった人なんて、医学部ではどこも拾ってくれないのよ」
「へええ、冷たいですね」
「そういう世界なのよ。でも私のお父さんが理学部の学部長と友達なんで、そっちのコネで理学部に拾ってもらったの。ちゃんと研究室も一つもらって」
「え、葵先生のお父さんって偉いさんなんですか?」
「偉いさんっていうか、内分泌内科の教授してるわ。来年退官だけど」
「へええ、すごーい」
「別にすごくもないわ。外では偉そうにしてても家に帰ってきたらただのバーコード親父よ」
「でも山野先生、本当に葵先生におんぶに抱っこですね」
また陽奈にジロッと睨まれてしまった。
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