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 目の前のことから少しずつ、まずは切り取った布生地を繋ぐ手伝いをしよう。そう思ったが、闇の裁縫は雲を成形し直す難しさだ。人間の私には感覚が掴めず、ユウスケと八郎に任せることを決めた。  代わりにイベントへの招待状作りを引き受けた。空いた時間にランタン亭でくつろぐ客を思い浮かべて作成するのだ。招待状は相手に併せて全て違う。来てくれるかは分からないがレオにも渡そうと思い、私は仕事の休憩時間に麓の町へ出た。  レオは墓参りを済ませたあの夜から、普段と変わらない日々を送っているようだ。道の駅や図書館で見かけるが、ランタン亭へは来ない。私を嫌っているのは明らかなため、見かけても声がけは控えている。今日は久しぶりの対面で緊張する。  大したことはない、招待状を渡すだけだ。呼吸を整えて私は図書館に入る。 「レオ君、あの……」  彼は逃げることもこちらを威嚇することもない。私達の関係は冷え、他人同士になってしまった。たまらず私は頭を下げる。 「私、あなたにとても失礼なことをしたって、ようやく気づいたの。本当にめんなさい」  いくら謝っても簡単には許してもらえないだろう。下を向いていれば縁が切れてしまいそうで、私はとっさに招待状をテーブルに置く。 「今日は天体観測の案内に来たの。八月の終わりに近づく流星群をランタン亭で眺めるんだよ。この招待状は手作りで、レオが好きな雰囲気にしてみたんだ。良ければ見てね」  便箋の中のポストカードには、レオを想い描いた特別な星空がある。コーヒーに新月の闇を溶かした染料で塗った上に、星屑を飾り作ったものだ。  ポストカードに触れれば真夏の夜闇の呼吸が感じられる。まとわりつく湿った空気、心踊る土の匂いと、鼻腔をくすぐるコーヒーの香り。掲げて眺めれば、天の川が広がるだろう。  星空コーヒーフロートは飲めばなくなるが、ポストカードなら手元に残る。星空が好きなレオへのプレゼントだ。  ポストカードがきっかけでランタン亭に来てくれたら幸せだが、無理強いはできない。彼は二度と現れないかもしれない。だから、せめて愛する星空だけでも渡したいと思ったのだ。  レオは無言のまま便箋の中身を確認すると、すぐに戻した。覚悟をして来たはずなのに、返事がないのはやはり辛い。私は踵を返すと図書館を出た。お盆を迎えた町並みは家族連れの笑顔で溢れている。明るい喧騒から逃げるようにして、コインパーキングに停めた車に乗り込んだ。
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