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妖怪でも幽霊でも妖精でもない。この世には“あわいの者”と呼ばれる不思議な生き物がいて、すぐそばで暮らしている。
叔父の八郎が紡ぐあわいの物語はどんな絵本よりも面白くて、幼い私は夢中になった。その語りは月日が流れ、私が成長をしても宝石のように輝いている。
物語の秘密を知ったのは中学生の時だ。
「おじさんの話は何度聞いても面白くて、気持ちが明るくなります。何だか、魔法使いみたいですね」
私が何気なく伝えた感想に、八郎は唇に人差し指を充てささやいた。
「おや、気づかれてしまいましたね。実は私は魔法使いで、お話に出てくる生き物とは知り合いなんですよ。内緒にして下さいね」
八郎の声色は真剣で、私は内緒話に胸の奥がむずがゆくなる。見慣れた自宅の客間に誰も来ないことを確認をすると、そっと訊ねた。
「あわいの者は、今どこにいるんですか?」
「近くにいますが人間には見えないのです。そうですね、香菜さんが大人になってもその気持を忘れずにいたら、見えるようにしてあげましょう。ささやかですが、今日は私の魔法で許して下さいね」
八郎はポケットから手鏡を取り出し魔法をかけた。そこに映るのは瑠璃の海。見たことのない銀の魚が長い尾の線を引き泳いでいる。目が離せない神秘的な美しさは、明け方の彗星によく似ていた。
私は今日の出来事を忘れないように、魚の姿を目に焼きつけた。遠ざかり波間に消えてしまうまで、じっと見送り続けた。
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