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 評判が落ちたきっかけは八郎の接客らしい。昔、カフェに寄った町の住人が無人のテーブルに料理を運び、独り言を繰り返す店主を目撃した。通常営業なのだが、あわいの者が見えない人間には奇行でしかない。以来、麓の町では不気味な噂が流れ浸透しているらしい。  八郎は噂の内容を知り、人々を怖がらせまいと気遣っている。買い出しは山を一つ越えた隣町へ出向き、麓の町へは入らない。私は顔が知られておらず外出に支障はないが、何かあればすぐに教えて欲しいと注意をされている。  八郎は店を畳み他の場所で構えることを考えたこともあるらしい。それでも営業を続けるのは、足を運んでくれる人間がいるからだ。八郎は人間とあわいが共存できる日を願っており、たま子の存在は励みになるのだろう。  私にとってもたま子は大切な友達だ。外出先で会えた嬉しさから会話が弾み、気づけばレオの姿がない。見失い焦る私に影が得意げに教えてくれる。 「レオ君なら店を出たばかりさ。今から追えばまだ見つかるんじゃないかな」  気にかけてくれて助かった。私はたま子と別れると道の駅を小走りで出た。通りの角を曲がる姿を発見し、尾行を再開する。  着いたのは図書館だ。利用者が少ない時間帯なのか、館内は閑散としている。辺りに注意を払いながらレオを探して歩くが、ユウスケは緊張感がない。 「その本棚にある女性にモテる方法百選が読みたいよ。少しくらい良いだろう?」 「もう、仕方ないなあ」  私は本を手に図書館の奥へと向かう。贈り物選びが尾行に変わり、読書タイムへと逸れていく。買うものは決まらず休日は終わりそうだが、チャンスはまだある。今はレオの様子を確認しながらユウスケとの外出を楽しもう。  あわいの者と読書をするなら人目がない場所が良い。ユウスケが本を開けば、傍目からはひとりでに進むページに見えるだろう。慎重に探せば館内奥の一角に二人がけのテーブル席がある。辺りはひっそりと静まり、秘密の隠れ家に来たようだ。よし、この場所にしよう。  ユウスケと相向かいで腰を下ろし、ふと先客に気づいた。奥にもう一つ同じ席があり、レオが数冊の本を手にしている。  視線が絡み、互いの時が一瞬止まる。しまった、尾行は失敗だ。私は場を取り繕うために慌てて口を開く。 「あのね、レオ君を狙って座ったわけじゃないんだよ。人目につかない場所がここしかなくて、決して後をつけていたとか、そういうことじゃないの」 「そうだとも。君と出会うのは必然。そう、俺達は運命の星に導かれているのさ」  このままではレオに怒られる。サラサラの黒髪をわずかに揺らし、双眸には不満が滲む。想像するだけで胸が熱いが、妄想たっぷりの私に対して相手からの文句はない。
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