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「香菜さん、おかえりなさい」  カフェに戻ればカウンターに様々な食材が並んでいる。名もなき惑星で採取した岩塩、天の川で釣り上げた乳白の魚、月の涙で育てたレモン。摩訶不思議なものばかりだが、心癒やす料理へ変わるのだろう。  最近の八郎は夜空にまつわるものを頻繁に扱う。八月の終わりに天体観測のイベントを企画しており、空き時間に試作品を作るそうだ。今年は夏の終わりに流星群が見えると話題になっている。食事を楽しみながら空を見上げるとは、何とも楽しそうだ。 「皆さんが楽しめるイベントにするつもりですよ。レオさんも参加してくれると良いのですが」 「来るかもしれませんよ。レオ君は星が好きみたいなので」  私は今日の出来事を八郎に話した。ユウスケが現れた時には怪訝な顔をしたが、最後まで黙って聞いてくれた。 「ふむ、レオさんは香菜さんの問いかけには反応するのですね」  八郎は顎を擦ると、私がレオの心を動かしているのではと推測する。彼は一般的に心を開かないが、私にはうっかり名前を伝え、今回は星が好きだと分かった。諦めなければ仲良くなれるかもしれないと八郎は前向きだ。 「何より香菜さんはめげませんから。レオさんに怒られてもうっとりしていますし」 「あの美貌だよ。鋭い眼差しとトゲのある言葉。思い返すだけで惚れ惚れしちゃう」  私の発言に八郎は「物好きですね」と肩をすくめた。 「香菜さんがレオさんと仲良くしてくだされば、こちらとしても助かります。文庫本の内容は私が注意をするとして、香菜さんには一肌脱いでもらいましょうか」  それから八郎は私の休憩時間を増やし、何かと理由をつけて外出をさせてくれる。八郎はレオが慣れた様子で道の駅や図書館を廻ったことから、麓の町に生活の拠点があると考えている。町へ行く機会が増えれば彼のことが分かるかもしれない。  八郎の予想通り、レオの行動には決まりがあると数日で気がついた。レオはカフェを後にすると必ず道の駅で売り場を確認してから図書館へ向かう。道の駅にはたま子がいて、世間話が長引くと姿を見失うが問題はない。図書館に行けば館内の一番奥のテーブルでレオが本を開いている。私が来ると分かっていながら場所を変えないのは、他の席では人目があり落ち着かないからだろう。  私は時間が許す限り彼の近くで過ごす。レオが読み終われば同じものに目を通し、短く感想を伝える。好きそうな本を先に読み進めてみたりと、試行錯誤するが上手くいかない。以前のようにうっかり口を開くことはなく、相手は黙々としている。
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