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 レオの気を引く話題に心当たりはある。ポケットの文庫本だ。内容やタイトルが分かれば図書館で探せるが手がかりはない。八郎がさりげなく覗き込めないか努力はしているが、相手のガードは固く難しい。  打つ手はないまま側で本を手に取り続け、二週間が過ぎようとしていた。  連日返事がないと心が折れそうなものだが、私はなぜかレオとの繋がりを感じていた。同じ空間で時間を共有しページを捲る。文字を辿るうちに体の芯がじんわりと温かくなり、妙な心地良さに包まれるのだ。  本を通して互いの気持ちを交換している、そんな感覚になる。  もしかすると、このつかず離れずの状態が最適なのかもしれない。毎日ランタン亭に来て、図書館で本を読めればそれで良いじゃないか。そう割り切れたら楽なのに、私のレオを知りたい気持ちは収まらない。  来店初日のレオの表情が今も気にかかる。遠くを見つめ、心は別にあるかのような不安定な眼差し。私はきっと、レオの抱えた闇のようなものを探りたいのだ。 (闇って、触れるんだろうか)  その日手に取った絵本は自身の気持ちを反映していた。黒い表紙の中心に真白の円が描かれている。満月を題材にした絵だが、暗がりで見つけた救いの光に感じた。  席へ持ち帰ると思わぬ反応があった。私の持ち出した絵本は三部作の二作目で、最初から読んだ方が分かりやすいそうだ。レオが話しかけてくれた。心臓は高鳴り、慌てて返事をすれば自分でも驚くほど大きな声が出て、レオは頬を引きつらせる。私は生まれて初めて、司書から「お静かに」と注意を受けた。  失敗してしまった。でも、こんなに嬉しいことはない。  夢にまで見た小さな変化は私達の距離を少しだけ近づけた。  レオはランタン亭では寡黙だが、図書館ではわずがに言葉をくれる。少しずつ、少しずつ、彼の気持ちがこぼれ落ちていく。棒読みの「はい、いいえ」の回答でも構わない。返事を受け取るたびに私の全身はふわふわとした。  良いことがあると世界は明るい。図書館帰りのアイスキャンディーが美味しく感じるのは、今年の最高気温を記録したからだろうか。心が上向いているのだと信じて、私は「当たり」と書かれたアイスキャンディーの棒を空へかざした。
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