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 先祖代々の墓が目立つ中、たま子が案内してくれた墓石は小さなものだ。私達は周辺の草を除き、墓石の掃除をするとちらし寿司を備えた。  たま子は風呂敷の包みを解くと、しゃもじで具と酢飯を混ぜ合わせ中央にくぼみを作る。左手から結婚指を抜くと中央に入れ、上に酢飯をかぶせた。 「夫からプロポーズをされた時の話よ。何を思ったのか、ちらし寿司に指輪を隠していたの。隠した位置が分からなくなって、終いには夫の口から指輪が出て来て笑ったわ。夫はほっぺたを真っ赤にして恥ずかしがってね、ああ、この人となら一生笑って暮らせるって思ったのよ」  たま子はちらし寿司の包みを丁寧に閉じた。 「正行さん、海斗、今年は八郎さんと香菜ちゃんも一緒なのよ。香菜ちゃんは私の友達でもあり孫みたいな可愛い子なの。友達も増えて、私は病気もせずに今のところは何とかやっているわ。二人は向こうで元気にしているかしら……」  感慨深げに墓石をなでるたま子の表情はどこか冴えない。彼女は数秒の沈黙の後、姿勢を正し頭を下げた。 「今日は二人にどうしても謝りたいことがあるの。形見の小説を失くしてしまったのよ。あんなに大切にしていたのに、どこを探しても見つからなくて……。本当にごめんなさい」  八郎が事情を訊ねれば、老夫婦と猫一匹の日常を書いたもので、家族で大切にしていた思い入れのある小説らしい。小説は四月の上旬から見当たらず、本棚から忽然と消えたそうだ。外に持ち出した記憶はないが、町内の廃品回収に紛れたのかもしれないと、たま子は力ない。  八郎は友達の憂いを晴らすべく、協力を申し出た。 「私も一緒に探します。どんな本か教えてください」 「気を遣わせてごめんなさいね。深緑のカバーがついた“猫と老夫婦”というタイトルの古い小説よ。でも、探さなくて良いの。手は尽くしたし、本一冊で怒る家族ではないから。あとは私の気持ちの問題なのよね」  私は「深緑のカバー」がなぜか気になったが、下手なことは口に出せない雰囲気だ。黙っていると、たま子は私達の背中を快活に叩く。 「湿っぽい話はこれで終しまい。気持ちを切り替えて帰りましょう」  たま子は何ごともなかったかのように車へ戻った。今日は自宅で桶いっぱいのちらし寿司を頬張るのだと嬉しそうだ。ランタン亭に到着した後も元気良く、表向きは普段と変わらないように見える。  別れ際、私はたま子へ駆け寄った。 「最近、図書館へ通っているんです。猫と老夫婦を見つけたら読んでみますね」 「のんびりとした話でおすすめよ。お腹だけ白い黒猫が特に可愛いくて、お気に入りなの。ぜひ感想を聞かせてね」
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