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たま子を見送りランタン亭へ戻ると、八郎が麦茶を用意し待っていた。八郎との休憩時間は格別で、ランタンに秘められた物語や仕入先での奇妙な出来事を聞くことができる。だが、今日は思うところがあるのか、口調は重い。
「今日はありがとうございます。天気に恵まれ無事にお墓参は終えましたが、改めて自身の無力さを痛感しました。私は高度な魔法を使えません。有能ならばたま子さんの形見はすぐに見つかり、レオさんの人間嫌いの原因も分かるでしょう。魔法使いとは名ばかりで、情けないですね」
八郎の魔力は強くなく万能ではないと聞いている。一般的な魔法使いは空を飛ぶのは当たり前。相手の心を読み、天候を操ることもできるそうだ。
八郎は魔法使いの中では落ちこぼれに入るらしいが、私はそう思わない。その魔法は日常を輝かせ、慈愛に満ちている。それでも悩むのなら私が足りない部分を補えば良い。協力するのだ。
「おじさんはとっても素敵な魔法使いですよ。私が使い魔として働きたいくらいです」
私の冗談に相手は真剣に断りを入れる。
「できかねます。香菜さんを使い魔にすれば食費が嵩み、あっという間に赤字です」
「ランタン亭が潰れるほど食べれませんよ」
「さて、どうでしょうか」
いくら私が成人女性の平均より食欲旺盛でも、胃の大きさには限りがある。それとも使い魔は腹が減る職業なのだろうか。気にはなるが、本気で使い魔になるつもりはないので黙っておく。
「弱音を吐き申し訳ございません。魔法が全てではないことは分かってはいます。できることから少しずつ取り組みますね。励ましてくださり、ありがとうございます」
私も自分なりに頑張ろう。翌日、図書館へ出向きレオの姿を確認すると、図書の検索機から猫と老夫婦を探した。古い本だが一冊見つかり、私はさっそく読み始める。
老夫婦と猫一匹の穏やかな田舎暮らし。綴られる日常は平和そのもので、幸せな気持ちになる。だが、読み進めればだんだんと心がざわつき、内容が頭に入いらない。決して難しい話ではないが、どうも心に引っかかるのだ。
何の偶然だろう。飼い猫の名前はレオだった。
私は本を閉じて思い出す。そうだ、深緑のカバーだ。たま子が失くした形見とレオの文庫本の外見は一致する。レオが持つ文庫本が形見の品なら、ランタン亭で読んでいる本は猫と老夫婦に違いない。
私は勢いのまま百八十二ペーシを開いた。疑惑のページには特別な描写はなく、老夫婦と猫が縁側で寄り添い星空を眺めている。それだけだった。何度も読み直すが何も分からない。
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