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 私は深呼吸をする。登場人物の名前が一致したからと焦りすぎだ。彼の文庫本がたま子の形見だとして、どこで手に入れたのだろう。それに、深緑のカバーにも色々な種類がある。たまたま似た風貌の小説を持っている可能性もある。  こんな雑な推理では、刑事ドラマなら犯人を取り逃す。勝手な想像は一旦止めて、ひとまずこの本を借りよう。  貸出カウンターへ向かう途中、レオの姿を見つけた。読みたい本があるがなかなか取れないようだ。小難しい本が並ぶ棚の前で、腕を限界まで伸ばしている。  背伸びをする姿は普段とは違う可愛らしさがある。ずっと眺めていたいが、このままでは可哀想だ。私は近づくと分厚い書物を抜き、差し出した。レオはひったくるように奪うとこちらに背を向ける。 「……どうも」  注意しなければ聞き逃してしまう小さな声。ぶっきらぼうで棒読みだが、相手への感謝が籠もる大切な言葉。愛想はないが根は優しい少年に違いない。 「どういたしまして。届かないときは踏み台や脚立を借りると良いよ。この図書館の司書さんは皆親切だから」 「知ってるだろ、僕はあわいの者だから見えない。気配も、足音も、何もかも気づいてもらえない」  その声色に、大切な誰かを想いながらも、話すことは許されないもどかしさを感じた。レオとの距離は近づいたが、彼の抱えるものは今も見えない。何を考え内に秘めているのだろう。それが悩みや不安の類なら、私は力になりたい。  今の私はレオと出会った時とは違う。わずかだが関係は変化し、今はこうして言葉を返してくれる。もしかしたら深い話を聞けるかも知れない。  わずかでもそう思ったことが、失敗の始まりだった。 「ねえ、もしかして誰かに気がついて欲しいの?」 「何だそれ。全く、お姉さんはいつも突然おかしなことを言うよね。話が繋がらないから、よく分からないよ……」  レオがこちらへ振り返るところまでは、いつも通りだった。私が持つ小説を目にした途端、言葉尻はすぼみ、暗い眼差しへと変わる。 「その本は……。そうか、だから誰かに気がついて欲しい、なんて言ったのか。よく考えればランタン亭の店主は魔法使いで、魔法で僕の身元を調べることは簡単だ。僕の断りもなく勝手に素性を探るなんて、お姉さんは最低だな」  瞳の奥で冷たい炎が燃えている。決してこちらを許すことのない、冷酷な怒り。それは失望でもあった。触れられたくない部分を容易く汚した、私に対する明らかな拒絶だ。  でも、私は何もしていない。身元は調べてはいないし、レオのことは全て想像に過ぎない。誤解だ。 「聞いて。おじさんは魔力が強くないから身元を調べる魔法は使えない。私はレオ君の事情は何も知らないんだよ」 「嘘をつけ。なら、どうしてその小説を持っているんだ。僕とたま子さんとの関係を知っているからだろう」
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