9/10
75人が本棚に入れています
本棚に追加
/49ページ
 ランタン亭に戻れば店内は静寂に満ちていた。客はおらず、八郎は厨房にてアイスコーヒーと茶菓子を嗜んでいる。私が黙ってカウンター席に座ると、八郎は私の分を淹れ始めた。  毎年、お盆の時期は客の入りが悪いそうだ。自身の故郷で過ごしたり、遊びに出る者が多いらしい。ユウスケもお盆期間は住処から離れず、美人の親戚に会うのだと体をくねらせていたっけ。  ぼんやりとしていればアイスコーヒーがそっと差し出された。 「ずいぶんと早いお帰りですね。今日は暇ですし、町でゆっくりしても良いんですよ」 「仕事中ですよ。休憩時間が終わる前には戻ってこないと」  何だか受け答えがらしくない。いつもならすぐに町へ戻り、お気に入りの菓子や割引になった夏服を購入するところなのに。  私の胸の内が透けて見えるのか、八郎はさりげなく問いかけてくる。 「レオさんとはお話できましたか」 「できませんでした。でも、あまり喋りすぎると良くないですしね。ユウスケに止められましたし、私も思い当たるところがあるので」  思いつきのまま行動するのは私の良くない癖だ。結果が吉と出れば良いが、凶となれば最悪だ。どこで間違えて、何をすれば正しいのか判断がつかなくなる。親切な誰かが手を差し伸べてくれなければ、私は間違えに気づかずにいるだろう。  今回私は自身の過ちに気づけたのだ。だからレオを刺激しないように気持ちを押さえて、言葉を閉じ込めている。  自然に話せるのを待つと決めた。でも、話せるようになるのはいつだろう。 「喋らないのと伝えないのは別ですよ。溜め込むのは毒になります。どうしても伝えたいことがあるのなら、話しかけても良いと思いますよ」  八郎の言葉がそっと頭上から降り注ぐ。迷子の私を導く声色が、こわばる心をほぐして溶かす。 「……私、レオと友達になりたいんです」  唇から零れた「友達」という単語がアイスコーヒーに吸い込まれた。水面が揺れて滲む。自身が泣いていると気づくのに、そう時間はかからなかった。 「ユウスケみたいに、何でもないことを話して、笑って、ふざけあいたい。本当に、それだけなんです。なのに、どうしてこうなっちゃったんだろう……」  第一印象は美少年。格好良くて、ちょっと陰があり怒る表情が素敵で、相手のことを知りたくなった。図書館での読書は至福の一時で私の宝物。毎日レオの近くで本を開く楽しみがあった。  あの何でもない日々が、やけに遠い。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!