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「今日は暑かったでしょう、冷たいものを作りますから適当な席で涼んでください」  カウンター席に腰掛けると、私は隣席の人型のシルエットに挨拶をする。ぱっと見はただの影だが、相手には明確な意志がある。人間の影から生まれたあわいの者、歩く影法師のユウスケだ。  普段は誰かの影に隠れ、抜け出してはカフェに訪れる。休日にも顔を出す常連客で八郎とは腐れ縁だ。すらりとした成人男性のシルエットに表情はなく、大袈裟な身振りで感情を表す。今日も両手を広げて私との再会を喜んだ。 「香菜ちゃんと会えない時間に耐えられず、カフェが休みなのに来てしまったよ。離れていれば寂しさは募るばかりだ。ああ、香菜ちゃんの影に入りデートをしたい。俺の心の隙間を埋めておくれ」 「いつものお誘いだね。私はデートしても良いんだけど、おじさんがね」  ユウスケからのデートの誘いはしょっちゅうだ。彼は私の影に恋している。ランタン亭で働く人間は珍しく、居心地を確かめたいらしい。八郎はユウスケの誘惑を断り続けており、穢されるのは困るの一点張りだ。真っ黒な影がこれ以上汚れることはないのに、おかしな理由だと思う。  止まらない口説きに八郎がゆっくりと現れた。銀の盆を片手に深い笑みを浮かべている。ちょっと怖い。 「香菜さんは人間には珍しく、あわいに寛容な大切な姪っ子です。手出しは許しません」 「相変わらず頭が堅いね。まあ、気長にやるよ」  八郎はユウスケを警戒しながらもカウンターに円筒のグラスを置いた。 「さて、今日は新作の星空コーヒーフロートを用意しました。ぜひ感想を聞かせて下さい」  涼し気なアイスコーヒーにバニラアイスが可愛らしく浮かんでいる。すぐにでも食べたいがここは我慢。八郎の魔法でもっと美味しい一品に変わるからだ。  ランタン亭の料理には必ず魔法が添えられ、食べた者を非日常へと誘う。八郎は硝子瓶の蓋を開けるとグラスに近づけた。 「こちらは星屑を細かく砕いたものです。よく見ていてくださいね」  琥珀の粒子をグラスへ一振りすれば、フロートはあっという間に様変わり。コーヒーは金の瞬きを抱く星空となり、バニラアイスは夜闇を泳ぐ白雲を思わせる。私は食べることを忘れ、広がる景色を楽しんだ。
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