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 ランタン亭の朝は早い。まぶたが重い日もあるが、できたての朝食を思えば体は自然と目を覚ます。  カフェの二階、六畳一間の和室が割り当てられた自室だ。私は大きく背伸びをして身支度を整え、南向きの窓から朝日を浴び部屋を出た。廊下沿いに和室が三部屋あるが人の気配はない。下階に足を運べば厨房で仕込みをする八郎の姿がある。 「おはようございます。ちょうどできあがったところですよ」 「タイミングはばっちりですね。それでは、遠慮せずにいただきます」  私はカウンター席に腰を下ろし朝食に手を合わせた。ベーコンエッグとトーストが温かな湯気を出す。今日も美味しそうだ。  八郎の朝食は天気予報の代わりになる。コンロの火に朝焼けの成分を混ぜて調理をするため、食べると一日の空模様が分かるのだ。ベーコンエッグはカリッと仕上り、トーストはやけにふっくらとしている。今日はよく晴れるが、にわか雨があるかもしれない。気温が高く湿気の多いじっとりとした一日になりそうだ。  食後は仕込みの手伝いと店内の清掃を行い、表の看板を「営業中」に変える。カフェは午前十時から午後の六時が営業時間だ。あわいの者はきまぐれで自由。混み合う日もあれば閑古鳥が鳴く日もある。  開店して数時間は客足がまばらだが、ランチタイムに入るとテーブル席はいっぱいとなった。八郎は調理に集中し、私は注文の承りや洗い物など仕事は盛り沢山だ。忙しなく動いているとユウスケが来店し、空いているカウンター席を選ぶ。 「こんにちはユウスケ。今日のおすすめは夏山アボカドクリームパスタだよ」 「じゃあそれを二つ。頑張って働く香菜ちゃんにご馳走するよ」 「嬉しい。今日は忙しくてお腹がペコペコなの」  欲求に忠実な私を八郎は見逃さない。食材を炒めながらも注意が飛ぶ。 「香菜さん、仕事中ですよ。まかないのパスタを大盛りにしてデザートをつけますからこらえてください。ユウスケはいい加減になさい。太陽のランタンであなたを焼き消しますよ」 「八郎は物騒だね。そう言いながらも俺を消さずに大切にしてくれる、素直じゃない優しさが好きさ」  八郎が乱暴にフライパンを置くと、ユウスケとの言葉の応酬が始まった。二人の言い争いはランタン亭の名物だ。止める客はおらず全員面白そうに眺めている。賑やかさと穏やかさが混ざり合う柔らかい空気。私はなんとなく、今日も素敵な一日になりそうだと思った。
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