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 空いたテーブルを拭いていると、一人の少年が訪れた。無地の白シャツと黒のハーフパンツにスニーカーを履いている。艶のある黒髪、白磁の肌、長いまつ毛。美少年の登場に八郎はユウスケから離れ、初めて見る顔だと呟いた。  少年は店内のランタンに見惚れているのか佇んでいる。案内のために近づけば、相手は私の頭から足先までじっくりと眺めた。涼しい眼差しにドキドキしていると、彼は顔を逸らし一人歩き出す。無愛想なままカウンター席に座り八郎に注文を済ませると、ポケットから文庫本を取り出した。深緑のブックカバーは汚れが目立つ。愛読書なのかもしれない。  つれない態度に、冷ややかな反応。なんて格好良いのだろう。  私はカウンターに入り食器を洗いながら彼を盗み見る。どの角度から眺めてもイケメンだが、その表情には違和感がある。どこか遠くを見ているような、寂しげな印象を受けるのだ。  少年の姿と就職活動に苦しむ過去の自分が重なった。いくら頑張っても内定は出ない。必要とされたいのに、面接を受ければ他の誰かが採用される。とにかく居場所が欲しくてたまらなかった。  私は慌てて頭を振り雑念を追い払う。私の居場所はここにある。大丈夫だ。  濁る感情を鎮めていると隣に八郎が現れた。注文の品を少年に届けに来たようだ。 「お待たせしました、星空コーヒーフロートです。私は店主の八郎と申します。以後、よろしくお願い致します」  少年は答えずグラスに広がる夜空を観察していたが、バニラアイスが溶け出すとストローに唇を寄せた。あっという間にグラスの中身は空になり、彼の頬がわずかに緩む。  私は思わず身を乗り出した。星空コーヒーフロートを飲んだ感動を分かち合おうと思ったのだ。 「分かるよ。おじさんのフロートは味も見た目も素敵だよね」  勢いのまま話しかければ、少年はまなじりをつり上げた。 「近寄らないでよ。僕は誰とも仲良くする気はないし、人間は嫌いなんだ。立ち寄ったカフェが匂うと思ったら、まさか人間の店員がいるなんて最悪だよ」  怒りは美しさを引き立てる。返事を忘れ見惚れていると、八郎は私を庇うようにして前に出た。 「香菜さんは幼い頃から魔法使いである私の近くにおり、縁があり働いております。あわいには慣れ親しんでおりますのでご安心下さい」 「なるほど。選ばれた特別な人間ってわけか」  店内の空気は澱み、嫌悪のぶつけ合いは肌をヒリヒリとさせる。少年の容姿に惹かれていた私は、周りから少し遅れてこれはトラブルだと気がついた。ランタン亭で遭遇した初めての揉めごとに、私は頼りない頭を回転させ解決策を考える。
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