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この緊張感は、昨日観た刑事ドラマの雰囲気によく似ている。ピンチはチャンス。明るく情熱を持って語りかければ、きっと私のことを分かってもらえるはずだ。
私は睨み合う二人の間に割って入ると、腕を組み胸を張る。
「あなたの気持ちは分かったよ。でも、私達は今日が初対面で誤解があると思う。まずは表に出てタイマン勝負なんてどうかな。全力でぶつかりあうことで、深い友情が生まれると思うの。互いのことを知らずに嫌うなんてもったいないよ」
八郎は数秒の沈黙の後、私の発想の出処に気づき頷いた。
「ああ、刑事ドラマですね」
「そうです。身分や立場が違っても分かり合うことはできます。タイマンがだめなら自己紹介でも良いですよ。好きなものを一個ずつ言い合うのも面白いですね」
我ながら良いアイディアだと思うのだが、客は反応に困っているように見える。唯一ユウスケだけが立ち上がり賛成してくれた。
「いやあ、今日も斬新な発想で素敵だね。美少年君、人間には色々いるが、香菜ちゃんは良い人だよ。君はやけに人間を嫌うがトラブルでもあったのかい。対立しても気分が悪くなるだけさ。ここはさらっと水に流して、スイーツでも堪能しようじゃないか」
「もういい、今日は帰る」
少年は飲食代を払うと席を立つ。私は出入り口へと向かう小さな背中を追いかけた。
「今日のことは気にせずまた来てね。おじさんの作る料理はどれも美味しいから、気に入ってくれると嬉しいな」
相手はこちらの呼びかけに足を止めたが、返事はなく立ち去った。カフェに残る客は困惑していたが、八郎の丁寧な対応でいつもの落ち着きを取り戻す。ユウスケの協力もあり、無事に閉店時間を迎えた。
少年はまた来てくれるだろうか。仲良くなって楽しくお喋りをしたい。少年を思いながら閉店後の清掃を終え、売上の確認をする八郎の手元を覗いた。あわいの者は食事の対価を代物で払う。不思議な品々を見るのは毎日の楽しみだ。
置かれた麻袋には釦が入っている。真鍮、千鳥柄、くるみ釦。どれも上品で可愛らしい。八郎から少年の対価だと教えられ、新たな一面に驚いた。釦は家族の思い出に満ちているそうだ。砂糖と一緒に鍋で煮詰めれば上質なはちみつになり、心に触れる味になると言う。
「どれも綺麗。美少年の支払いって感じですね」
「私としては、彼がこの釦を持っているのは正直以外です。対価は生い立ちと関係が深く、その者自身を表しますから」
私は八郎から聞いた話を思い出す。あわいの者は物々交換を行い欲しいものを手に入れる。影から生まれたユウスケなら影にまつわる品を出すように、取り引きに扱うものは生い立ちと繋がりが深い。
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