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 少年の釦は人間社会のもので家族のぬくもりに満ちている。周囲との関わりを拒み、人間は嫌いだと宣言した彼には似つかわしくない。八郎はそう考えているようだ。 「じゃあ、やっぱり人間と何かあったんですよ。本当は好きだけど、今は喧嘩中だとか」 「だとすれば、どんなトラブルでしょう。人間にあわいの者は見えませんし、あわいから人間の姿は見えますが干渉はできません。関わりがないのにどうやって喧嘩をするのでしょうか。香菜さんのように魔法を仲介していれば別ですが、彼の気配は一般的なあわいの者でした」  八郎は麻袋の口を締め今日の売上から分けた。盗品の可能性があるため知り合いの魔法使いに調べに出すと言う。  線の細い少年が実はどろぼうで夜闇に紛れて悪事を働く。その設定もありだなと私は思う。満月を背に佇む姿を想像しうっとりしていると、八郎に呆れられた。 「また会えますように」 「どうでしょうね。ランタン亭は好みではないようでしたから。人間が苦手ならば人里離れた秘境の飲食店があります。私のカフェにこだわる必要はありませんからね」  言われた通り、よく考えれば会える保証はない。肩を落としていると、八郎は柔らかく口角を上げ言葉を続けた。 「と、まあここまでは一般論です。あわいの者はきまぐれですから、どうなるかは分かりませんよ」 「おじさんも彼が来るのが楽しみなんですか?」  八郎はカフェで(いさか)いは困るとしながらも、釦の価値に惹かれているようだ。釦が盗品でなければ、加工されたはちみつは看板メニューに化ける可能性が高い。少年が常連になってくれたら良いと内心では思っている。 「かと言って期待しすぎてはいけませんしね。まあ、なるようにしかなりませんよ」  翌日、開店をして一時間後に少年は現れ、カウンター席に座った。昨日の騒動は記憶に新しい。店内の警戒が高まる中、様子を見ていたユウスケが少年の隣に腰を下ろした。 「昨日の今日で来店するとは、君は見かけによらず勇気があるんだね。店に来る客の中には色々言うやつもいるが俺は嫌いじゃないよ。共に語り合い、親睦を深めようじゃないか」  少年はユウスケから離れた位置に座り直した。明らかにイライラしている。 「昨日誰とも関わらないって言ったよね。僕はカフェの味と内装が気に入って来ているんだ。そこのお姉さんも誘ってくれたしね」  話を振られて頬が緩むが、少年はすぐに視線を逸らす。 「僕は事実を言っただけだ。人間と仲良くする気はないからな」 「それでも良いよ。ありがとう」  少年はこの日を境に、毎日開店と同時に現れ正午に退店を繰り返した。やがてカウンター席で星空コーヒーフロートを頼み読書を嗜むのが通例となった。揉めごとを知る客も警戒していたのは最初だけで、今は誰も気に留めない。トラブルはなく、初めて来店した日が嘘のような静けさだ。 
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