5/11

75人が本棚に入れています
本棚に追加
/49ページ
 問題は起こらないが、親睦は全く深まらない。私は嫌われているため近寄れず、八郎は世間話をするが反応はなし。ユウスケは空気を読まずに喋るため、八郎が嗜めている。八郎は対価の釦が盗品でないと判明したため、彼の扱いには特に慎重に見える。少年と交流し、常連として繋ぎ止めたいのだろう。    親しくなりたいが、声をかければ嫌がられカフェに来なくなるかもしれない。会話のさじ加減が難しいのだ。  どうして彼は頑なに喋らないのだろう。周囲と関わりを持ちたくないのは分かるが、ちょっとした問いかけも全て無視だ。徹底しすぎて、いっそ清々しく感じられる。その様子は先週の刑事ドラマと重なった。誰が止めても耳を貸さず、滝行に打ち込む主人公。犯人を捕まえるために精神統一をし、邪念に惑わされないよう心を鍛えるのだ。  誰の言葉に耳を傾けず読書に集中するのにはわけがある。修行だ。くつろいでいると思わせて、徳を積んでいるに違いない。カウンター内で八郎に話せば少年に聞こえていたらしい。呆れながら「あほらしい」と鬱陶しそうだ。  まさかの返事に私は嬉しくなる。これは距離を縮めるチャンスだ。 「ひどいなあ、結構真剣に考えたんだよ。容姿端麗な君が修行をしていたら、意外性があって魅力が増すと思ったのになあ」 「僕は仙人じゃない。それに、容姿端麗だとか不気味な形容詞をつけるのは止めてくれ。気分が悪い」 「そんなことを言われても、名前を知らないんだから特徴で話すしかないんだよ」 「僕はレオだ」  直後、彼は片手で口元を抑えた。目が泳ぎ、今の状況を把握しているようにも見える。私はわけが分からず首を傾げた。レオは席を立ち、正午には早いが今日はもう帰るらしい。 「くそ、名乗るつもりはなかったのに失敗した」 「どうして? 呼び名が分からないと不便だよ」 「そういう意味じゃない」  大股で退店する後ろ姿に、私はまた来店してくれるように声をかけ見送った。彼はだんまりじゃない。諦めなければもっと話すようになるはずだ。  私はレオが来店すると積極的に声をかけるようにした。だが、警戒されたのか答える気配はない。もっと仲良くなりたい。そのためには新しい手を考える必要がある。 私はない知恵を絞りに絞って「贈り物作戦」を考えた。星空コーヒーフロートのように、彼の心を掴む物を用意し距離を縮めよう。  洒落たものを買うなら麓の町が最適だ。麓の町は「緑と青の楽園」と呼ばれる観光地。自然との共存をテーマに作られた町並みは、木々が多く木陰は涼やかだ。郊外には砂浜もありアクアマリンの海原を望めるだろう。  定休日になると私は早めの昼食を済ませ外出を決めた。車をコインパーキングに駐車すると、大通りを行く。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

75人が本棚に入れています
本棚に追加