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だんぶり長者
昔ある村に気立てが良く、働き者の娘がいたが彼女は早くに両親を亡くした。その為これからどうしていこうかと考えていた。
その晩のこと。
夢に老人が現れ、娘にこう伝えた。
「川上に行け。そうすれば夫となる男に巡り会えるだろう」
娘は早速お告げに従った。
すると、やはりその通りになった。娘の出会った男はとても頼もしく気持ちも優しかったので、すぐに夫婦と相成った。
それから二人はせっせと働いた。貧しいながらも幸せに仲睦まじく暮らしていた。
夫婦になってから初めての正月の真夜中。
また夢にあの老人が現れた。そしてこう告げた。
「さらに川上へ行け。そうすれば、もっと大きな幸福が訪れるだろう」
二人はお告げに従い、家を出て新しい地に住み始めた。
ある日男はきつい畑仕事をしていて昼休みにうたた寝をしていた。すると、彼の口もとに蜻蛉が止まり尻尾をちょんちょんとつけてきた。
その時何故だか、たいそう旨い酒の味がした。
それで男は飛び起きた。するとその不思議な蜻蛉はどこかへ飛んでいってしまった。そこで見逃さぬよう、急いで後をつけてみた。
すると蜻蛉はある泉のところでやっと羽を休めた。
そろりそろりと近づいて見ると、どこからか先程の酒の匂いがしてくる。
まさかと思い泉の水を飲んでみた。
すると、それは水ではなく極上に旨い酒であった。しかもただの酒ではなく飲むとどんな病でもたちまち治ってしまうという、摩訶不思議な代物であった。
夫婦はここに移り住みその酒であっという間に裕福になった。
更に良いことは重なり、この夫婦の間にはそれからほどなく女の子が産まれた。この娘はたいそう綺麗なうえ聡明であり、時の天皇、継体天皇に仕えたという。
それから彼女は『吉祥姫』という名で呼ばれるようになった。
そして彼女の両親も天皇から長者の称号をもらった。
人々は親しみを込めて彼らを『だんぶり長者』と呼ぶようになった。(※だんぶりとは、蜻蛉の方言のこと)
時が経ち、だんぶり長者は天寿を全うした。すると酒の涌き出る泉はすっかりと枯れ果ててしまった。
それをきっかけに吉祥姫も故郷に戻り、自分の親達を供養するため大日霊貴神社を建てた。
その後彼女が亡くなったあとにはこの神社の神の一人として祀られている。
「……まあ、さっと説明すると私はそのような者です」
着物が蜻蛉柄の女性は南祖坊の傍らに座り、そう言った。
「継体天皇と言えば遥か昔、古墳時代の方だったと聞いたことがあります。そのような昔からここに住まわれておいでなのですね。大先輩ではないですか」
「まあ、意地悪なお方。確かに私はあなた様よりも遥かに年寄りではありますが……」
「あ、いやっ……決してそのような意味では……誤解されたのなら申し訳ない。精神は大先輩でも見た目は麗しく、たいそう女盛りではありませんか」
「まあ、ずいぶんとお上手ですこと。ではそのお世辞ありがたく頂いておきますわ」
そう言ってクスクス笑い大人の余裕を醸し出す彼女に、南祖坊はたじろいだ。
「もう勘弁してください」
そうは答えたものの心の奥底では「受け」の血が騒ぎ始め、何とも言えない心地よさを感じていた。
彼は久々に笑っていたが自分では気づくことはなかった。
「いつまでここにおられますか?」
南祖坊は思わずそう聞いた。
「そうですわねぇ……迷惑でしたら、今にでも帰らせていただきますわ」
「い、いや……全くそのようなことはありません! ただ……」
「ただ? 」
「時間が許すならもう少しこうやってお話していたいなと……」
彼は照れながらそう言った。
吉祥姫はふっと顔を緩ませて
「私も丁度そのように思ってましたのよ」
そう言い、そっと肩に寄りかかってきた。
いきなりでびっくりしたが久々の人の温もりに、胸が高鳴った。
「今度はあなた様が自己紹介する番ですわ。お名前は? 」
南祖坊は自分の生い立ちから今までを話し始めた。そして最後にこう言った。
「実は私、こう見えて齢70過ぎの大年寄りです」
それを聞いた吉祥姫は
「まあ! そうでしたの? 」
とたいそう驚いた。
「何故そのように若くていらっしゃるのです? 」
そう聞かれ、若返りの秘技を使ったことを打ち明けた。
「そうだったのですね。これでますます気が合いそうだと思っているのは、私だけでしょうか? 」
彼女はにこにこしてそれを言った。
「ありがたき幸せ……」
南祖坊はにっこりと笑いかけた。
そんな二人の周りを、無数の使わしめの蜻蛉たちが出会いを祝福するように飛び回っていた。
夕陽が落ちそうになるのも気にせずに、二人はすっかり意気投合して、たくさんの会話で盛り上がった。
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