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自由人南祖坊
ある夫婦には、子がいなかった。
しかし妻は諦めず、観音堂に籠り7日間願をかけた。
その結果、男の子を授かることが出来た。
彼は善正と名付けられ、それはそれは大事に愛情深く育てられた。
善正7歳の時。
母は病に付した。そして彼にこう伝えた。
「お前を授かったのは、実は仏様に祈ったからなんだよ。
だから、弥勒様や阿弥陀様……そして観音様……仏様たちをどうか大切にしておくれ」
それは善正への遺言であった。母はそれから間もなく亡くなった。
父は善正を出家させようとし、近くの立派な僧のいる寺へ預けることにした。
ここで、彼は南祖坊という名をもらった。
「これ、南祖坊。何を考えておる」
「あっ、師匠……今日の晩飯は何が良いかと……」
「食うものを悩むとはなんと平和なことよ。わしはまた、お前のことだから良からぬことを考えているんじゃないかと思っての」
南祖坊、13歳。一度これと決めたら、相手がどんなに口説いても、大人であっても、絶対に曲げない頑固者であった。そのくせ頭脳明晰で人当たりは良く、何故か憎めない、一言で言えば「妙な子供」だった。
彼は師匠の言葉にどきりとした。
まさに、良からぬことを考えていたからである。
実は胸に秘めていることがある。
大きな声では言えぬが、この寺の跡目を継いでこの地に収まるよりも、母が言っていた仏の聖地、熊野に行ってみたい。そして、もっと色んな場所で修行をしてみたい……
前に師匠にこのような夢を持っているということを少し話したことがある。すると話の途中、世の中そんなに甘くないと、バッサリと夢をぶった斬られたことがあった。
ここに父のつてで入門し、師匠にも目をかけてもらい、跡目を継がなければならない雰囲気なのは重々承知だが、そこで忖託をするような子ではなかった。
私は私のやりたいようにやる。人生は一度きりなのだから……
ある日の夜中、誰にも内緒で寺を出た。気の赴くまま旅をする為に。
綺麗に畳んだ布団に手紙一枚を残した。
「今までお世話になりました。私はどうしても広く世界を見てみたいので、この寺は継ぎません。ごめんなさい。自分のやり方で修行して、いつか立派になって戻ってきます。待っていてください」
翌日師匠はその手紙を見て、笑った。
「はっはっはっ、なんともあやつらしい生き方じゃのう」
「笑いごとじゃありませんよ!師匠にも迷惑をかけて、父の私に挨拶もろくになく……全く、なんていかれたやつなんだ!!我が子ながら情けない……」
知らせを受けて飛んできた父は 、息子の非礼を嘆いた。
すると師匠はこう言った。
「まあまあ。そのうちひょこっと戻って来るでしょう。お気持ちはわかるがそう心配なさるな。可愛い子には旅をさせよと言うではないか」
それから数年が経ち、全く師匠の言うとおりになった。
まだあどけなさも残ってはいたが、背も延びて立派な若者となり、ある日ひょこっと南祖坊は寺に戻ってきた。
良く戻って来た、と師匠は出迎えてくれた。
父も、怒りより嬉しさのほうが遥かに勝っていたので、咎めはせずに泣いて抱きつき喜んだ。
南祖坊は、今までの旅で自分が経験したことを皆に報告した。
沢山の人々に出会い、世話になり、無事熊野に着いて参拝してきたという。
その後一週間父のもとへ帰り、家で一緒に過ごした。
ある朝、綺麗に畳んだ布団に手紙を一枚残した。
「また何処かに修行しに行ってきます。短い間ではありましたが、お世話になりました。行く先はまだ決めていませんが、いずれはまた熊野に参拝してきます。では、またお会いする日まで」
それを読み、父は顔を覆った。
だが、今回はそれほど落胆しなかった。
久々に戻って来た我が子は、とてもたくましい顔つきになり、実に様々な経験をし、ひとまわりもふたまわりも大きくなっていたからだ。
また頑張ってこい。そう言って見送った。
そんな具合で南祖坊は、諸国行脚を続けた。
齢76歳の時。
そろそろ永住の地を手に入れたいが、何処がよかろう、飽きないだろうと、真剣に悩んでいた。するとある日の夜、仏の化身である立派な髭をたくわえた白髪の老人が枕元に立っていた。
「今後、草鞋が切れ、杖の動かなくなった所が、そなたの永住の地となるであろう」
そうお告げがあったので目を覚ますと、鉄の草鞋と杖がそこに置かれていた。
南祖坊は早速それを身につけて全国を行脚した。
だがなかなか草鞋は切れない。
結局故郷の近くに差しかかったとき、遂に草鞋はバラバラに崩れた。そして杖も尋常でないくらい重くなり、全く動かせなくなった。
目の前には広大な湖が広がっていた。それは八郎の住みかの、十和田湖であった。
「今日からここが私の家だー!!!」
感極まり、辺り一面に響く声で南祖坊は声高らかに宣言した。
すると間もなく、湖面におびただしい数の気泡が次々と沸き上がった。
そして、それと同時に巨大な鋭い眼光が2つ現れた。
それは透き通るような金色で、鼻から下を水面に隠して、こちらをものすごい圧力で睨み付けるのだった。
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