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気晴らし
今日も姫は上を見上げる。
そんなに上向いてたら、首が痛くなるんじゃない?って思うくらい、ずっと。
別にあいつのことが気になるわけじゃない。
ただただ、人恋しい……
馬鹿でも何でもいい。
この前とは違うやつでもいい……
誰かと話がしたいだけ……
姫はそんなことを思いながら、湖の底で今か今かと来客を待ち望んでいた。
ドオーーーン!!!
この前恐れおののいた爆音は、嘘のように平気だった。むしろ姫は、
ひゃっはーっ!!!
と言って喜び跳びはねた。
八郎が目の前に姿を現した。
「元気だったか?来たぞ!!」
そう言って眩しい笑顔を見せた。
「まっっったく……水に入るときのあの音!!
もうちょい何とかなんねぇのか?」
姫はクレームをつけた。
「わりい、わりい!!こんなに深いと、龍になって来たほうが楽なんだよ。人形だと、いつ底に着くかわかんねーから……」
「それは確かにそうだな……まあ、いいべ。これからもそれで来い。許す」
姫は爆音突入を正式に許可した。
「どっこいしょ!」
八郎はその場に腰をおろした。
姫もそうした。
「……」
ずっとにこにこしている八郎。
「……」
八郎がまともに見れなくて横目でほのかに顔を赤らめている姫。
「なんか喋れ」
「おめえが喋れ」
「……」
「……」
「よし!外へ行ってみるか!!」
八郎はすくっと立ち上がり、姫の手をとった。
「ちっ!ちょっと……待ってくれ!!
外は駄目だ!!」
姫は手を振り払った。
「何で?」
と聞くと、
「おら、この湖を離れると、龍になっちまう!
それだけは絶対嫌だ!!」
そう強い口調で言った。
「……何で?龍になったほうが色々と都合が良いぞ」
八郎にはさっぱり理解出来なかった。
「あんな醜い姿になるのはごめんだ……」
姫は俯いた。
「何を言ってるんだ!馬鹿らしい……」
八郎は呆れた様子でそう言った。
「はあ?何だと?」
「自分を醜いなんていうヤツがあるか!」
「……」
姫は何も言い返せなかった。
「あんた、この前からずっと自分のこと悪く言ってるけど、もっと自信を持ったほうがいいぞ。
自分が思ってるより、ずっといいヤツだと思うぞ」
「え?……」
「見かけなんてそんなに大事なことか?
例えばあんたが誰かと一緒にいて、心地よければ形なんてどうでも良くないか?」
なんだこいつ……今すんごくまともなこと言わなかったか?
馬鹿なのに……
姫は顔をあげた。
「それに俺、あんたの龍になった姿見てみたいんだ。人間目線だからそれを醜いだなんて思うんだ。同じ種類の俺だったら、実際どうなのか龍目線で見ることが出来る」
「そんなこと……」
姫はまだ戸惑っていた。
「つべこべ言わずに、一緒に空飛んでみればいい!自分がどう見えるかなんてちっぽけなこと、どうでも良くなるぞ!!」
「ちょ……」
ためらう姫の手を八郎はグイと掴みながら、上に昇り龍に変化していった。
「しっかり掴んでいろ!!」
そう言って姫を自分の背中に乗せて、龍の毛を掴ませた。
ずっとずっと昔、うっすらと記憶に残るこの感覚……だんだん湖面に近づくほど、外の明かりが差してきた。
姫は明るさにまだ慣れておらず、目を細めた。
ザバアーーーン!!!
外に出た。
まだ姫に変化は見られなかった。
八郎はそのまま空へと昇っていった。
凄いスピードだった。
だが、背中の姫はだんだん感覚が甦ってきた。
あの日泣きながら飛んで、あの湖の底に着水した……
「ん?……うおっ!……わわわわわわ……
ちょっとちょっと!あんた戻ってるぞ!離れてくれ!重くてしょうがねぇ!!……」
「えーっ?何ー?!」
「龍に戻ってるってばよー!!」
「ほんとか!!」
姫は急いで八郎の背中から離れて、前を向いて自分の力で飛んだ。
頭上にある雲すれすれに飛んだ。
下を見れば田園がどこまでも広がる。
人工的な建物がびっしりと集まっているところがポツリポツリとあるが、殆どが山、林、畑、川……
とても懐かしい感覚だ。人間の時に味わった。
大地の匂い!
どこまでも風を切ってゆく。
八郎と名乗る龍と並走して……
「ひゃっはーーー!!!」
姫が喜びの雄叫びをあげた。
八郎はビックリしてそちらの方に顔を向けたが、彼女の嬉しそうな横顔を見て微笑み、また前を向いた。
だいぶ湖から離れたところで折り返し、二人はまた空を駆け抜けていった。
………………
田沢湖に戻り、底に二人で寝そべって、湖面を見ていた。
魚達がせわしなく泳いで、行ったり来たりしている。
「あーーー!!!最高に楽しかった!!」
姫はそう言って伸びをした。
八郎は大の字になって言った。
「だろ?晴れの日に飛ぶのは、本当に気持ちがいいもんだ」
「……そういえば……おらの龍の姿はどうだったんだ?でも、そんなこと別にどうでも良くなっちまった」
姫は笑った。
「すごく綺麗だったぞ。あんなに綺麗な色した白龍は見たことねぇ」
「……ほんとか?!……」
姫は素直に喜んだ。
「あっ!!」
八郎が叫んだ。
「何だ?」
「そう言えば、まだ名前聞いてねぇ……
俺だけ名乗って……あんた、なんつー名前だ?」
はあ?!今更?やっぱり馬鹿だこいつは……
「……辰子」
「辰子か……そう呼んでいいか?」
「ああ、かまわねぇよ」
「辰子」
「あんだ?」
「別に用はねえ」
「馴れ馴れしく呼ぶな」
その後も八郎はまめに通い、姫と二人で外に出たり、湖で魚を捕ったり……
奇妙な友情を深めていったのだった。
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