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「おはようございます! 先輩!」  通勤時の駅はそこそこ混んでいるのだが、こいつ霧島 琉斗(きりしま りゅうと)は俺を見つける。  俺は霧島のように背も高くないし体型も細く全体的にいたって地味な方だ。  背景に溶け込める自信がある。  なのにこいつはいつもいつも俺をみつけるのだ。  飼い主を見つけた犬よろしく全身で嬉しさを表わしてくる。  自分に懐いてくる理由が、たとえ飼い主に対する好意であったとしても俺は嬉しかった。  俺は頬の赤さをごまかすようにそっぽを向いて小さく挨拶を返した。 「……はよ」 「先輩聞いてくださいよ! 先輩が俺に初めて任せて下さった件無事契約とれました! これからもガンガンやっていきますよ!」  褒めてほめてとばかりに霧島のうしろで大きく揺れているしっぽの幻が見えた。  俺は少し笑ってから目を細めた。 「そうか。よかったな」 「それでですね俺もここらがいい機会だと思ったんで、念願の源三郎をお迎えすることにしたんですよ!」  嬉しくて仕方がないという風にとびきりの笑顔で霧島は言った。 「――え?」  いきなり冷や水を頭からかけられた気がした。  さっきまでのほんわかした気持ちが一気に冷めた。  そんな俺の様子に気づいた風もなく一生懸命何かをしゃべり続ける霧島の声は俺の耳には一切届いていなかった。  源三郎……それは俺の弟の名前だった。
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