第2章 命の重さ

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 早朝の庭先から、夜明けを告げる小鳥の鳴き声が断続的に響いていた。東の地平線からうっすらと白んできたばかりの空は、前日の嵐が嘘のように清々しく晴れ渡っている。まだ冷たい湿り気を帯びた風は、久しぶりに青い空気を運んでいた。  雨の滴を乗せたまま、庭木の葉がキラキラと朝日に照らされる。細いの先端で羽を休めていた小鳥が飛び立つのと同時に、いくつもの滴が池の水面を揺らした。その向こうでは、池の端を屋根のように覆う床下に隠れていた鯉たちが、優雅に水中を散策していた。 「……ん~……?」  詰所内はしんと静まり返っており、おそらくまだ誰も起きてきてはいないのだろう。小川のせせらぎや草木のさざめきといった自然の営みだけが、爽やかな朝の空間を支配していた。  ふんわりと意識を浮上させた巴は、まぶたを閉じたまま小鳥たちの奏でる旋律に耳を澄ませる。こんなにも穏やかな目覚めはいつぶりだろうか。巴はほっと息をついた。  体を包みこむ心地よいぬくもりにもう少し身を委ねていたいところではあるが、そろそろ起きて朝餉の準備に取りかからねばなるまい。  まどろみの中、差しこむ朝日がまぶしくて寝返りを打とうと身をよじる。だが、そうはさせじと腰から足のあたりにかけてなにかがまとわりついていた。 ――なんか、重い……?  いったい何事かと、巴は頑なに開くことを拒否しているまぶたをこじ開けた。二、三度ほどまばたきをする。  焦点を合わせようとぼやける視界が鮮明になった途端、目の前に広がる光景におもわず肩が跳ねた。 「※%#&*!?」  一瞬のうちに覚醒した頭で、声にならない叫びを必死に飲みこむ。 「んんっ……」  そこにあったのは、まぶたを閉じた徹也の整った顔だった。ほどいた長髪が無造作に顔にかかり、端正な目鼻立ちによりいっそうの色気を醸し出している。自身の右腕を枕代わりにして、彼は静かに規則正しい寝息をこぼしていた。 ――え? は? ぅえ!? なんで!?  己の腰に回されたのが彼の左腕だと気がつくのと同時に、羞恥心で一気に顔に熱が集まる。どうやら、徹也に抱きしめられるようにして眠っていたらしい。体の自由が効かないわけである。  こうなった経緯を思い出す間もなく、徹也の眉間に皺が寄った。そうしてゆっくりと、閉じられていたまぶたが開いていく。 「…………」 「……あ、う……お、はよう、ござい、ます……」  寝起きとは思えぬほどまっすぐな視線に射抜かれて、巴はおもわず言い淀んだ。自身が置かれている状況に内心どぎまぎしながらもなんとかそのひと言を絞り出すと、徹也が深く息をつく。
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