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「………………。」
体を包む空気の暖かさと、布団の柔らかさ。
心地良い温もりの中で身じろいでいると、何処からか歌が聞こえてきた。
「♪♪♪~♪♪♪~♪♪♪~♪♪~
♪♪♪~♪♪♪♪~♪♪♪♪♪♪~♪~」
それはジングルベルの鼻歌……。
誰が歌っているのだろう……?
「…………。」
少年はまどろみから抜け出し、ゆっくりと目を開いた。
見慣れない天井に、オレンジ色の常夜灯。
体を起こし、辺りを見てみると、そこは見たこともない部屋だった。
一体、いつの間に眠ってしまったのだろうか……。
さっきまでビルの上にいた筈なのに、今は山小屋のような場所にいる。
窓の外は真っ暗でよく見えないが、白いものがちらついていて、どうやら雪が降っているということが窺える。
「♪♪♪~♪♪♪~♪♪♪~♪♪~
♪♪♪~♪♪♪♪~♪♪♪♪♪♪~」
気になる歌は隣の部屋から聞こえてくる。
何だか良い匂いもする。
少年はベッドから立ち上がり、半開きの扉に向かってふらふらと歩き出した。
歌と匂いに誘われるまま、扉を開け、部屋を移動する。
「………………。」
その瞬間、冷たく沈んでいた少年の心に暖かな光が灯る。
扉を開けた先は、まるで絵本の世界だった。
部屋全体を彩るクリスマスの装飾。床の上には綺麗な絨毯が敷かれ、その上には木製の机や椅子が並んでいる。また、奥では暖炉の火がパチパチと音を立てながら燃え、ノスタルジックな雰囲気を醸し出している。
「♪♪♪~」
そして――サンタがいた。
いや、正確には、サンタの衣装を着た女の子。髪は緑色で、クリスマスツリーみたいな変わった形をしている。
「……………。」
彼女は丁度オーブンから天板を取り出し、運ぼうとしていたところで、部屋を出た少年と目が合うと、時が止まったかのようにその場に静止した。
「…………ンン?」
少女の鼻歌は止まり、きょとんとして目をぱちくりさせる。
「ン……! ンン~! ンン~!」
と思ったら、すぐに慌てて奥へと駆けていく。
何に驚くことがあるのか、彼女の持つ天板から幾つかのクッキーが飛び出した。
「Oh.(おっと。)」
しかし、それらは床に落ちる前に静止する。
「Calm down, Merrymas.(落ち着け、メリーマス。)
Dropped cookies.(クッキーが落ちたぞ。)」
奥のテーブルにいた男が椅子から立ち上がり、こちらに来て、空中に散らばったクッキーの一つを手に取った。
全てのクッキーが宙に浮いている。
その不思議な光景をじっと眺めていると、クッキーの一つが自分のところにもふわりと飛んできた。
少年はそれを手に取る。
出来立ての筈だが、何故かそんなに熱くない。
「Santa is out now.(サンタは今、出かけててな。)
Let's wait while eating cookies.(クッキーでも食べて待とうじゃないか。)」
浮いたクッキーが男がいたテーブルの方へと集まっていく。
そこには大きな皿が置かれていて、その上には、クッキーが山盛りになっていた。
少年は渡されたクッキーを試しに食べてみる。
サクっと音がして口の中に広がる甘み。砂糖とバターの味。
「…………。」
あまりの美味しさに、思わず顔が綻ぶ。
「This way.(さぁ、こっちだ。)」
男に案内され、席につき、彼と少女と自分の三人で、山盛りのクッキーを囲んだ。
「ンンン♪」
男にメリーマスと呼ばれた少女は、両手で山からクッキーを取り、美味しそうに食べ始めた。
少年も手を伸ばし、幾つか食べてみる。
皿の上のクッキーは、丸かったり、四角かったり、色んな形をしていて、どれも違う味がする。
量に圧倒されるが、これなら飽きることなく食べられそうだ。
「hhh……It's like Every Flavor Beans in the "Harry Potter", right ?
(フフフ、まるでハリーポッターの百味ビーンズのようだろう?)」
男はにやにやしながら二人の様子を眺める。
その間も、少年とメリーマスはクッキーの山を取り合うように手を伸ばす。
「Actually, there is only one ridiculously bad cookie in it.
(実は、この中に一枚だけ、とんでもなく不味いクッキーが紛れ込んでいるんだ。)」
「……!?」
少年の手が止まる。
「hahaha. Scared?(ハハハ。怖いだろう?)
Let's eat cookies one by one in turn.
(三人で順番に一枚ずつ食べていこう。)」
男はそう言って、クッキーの山から一枚を取り、食べた。
それに続き、少女も一枚を取り、食べる。
次は自分の番だ。
少年はクッキーの山をよく観察し、星の形をした茶色いクッキーを手に取った。
一口かじると、想像通り、チョコレートの味。
「Yes……, take a good look at each one and taste it well.
(そう、一つ一つをよく見て、よく味わうんだ。)」
男はまた一つクッキーを手に取る。
「……By the way, I haven't introduced myself yet.
(……そういえば、自己紹介がまだだったな。)
I'm Nesio. This is Merrymas.(俺はネシオ。こっちはメリーマス。)
What's your name ?(お前は?)」
「Azul…….(アズル……。)」
「Azul……Sky blue……. That's a perfect name for you.
(アズル……空の色か……。ぴったりの名前だな。)」
話しながら、クッキーを食べていく。
また自分の番が回ってきたアズルは、今度は赤い色をしたクッキーを手に取った。
クランベリージャムのような味がしそうだ。
「Red……. I like red.(赤か……。俺の好きな色だ。)
……Because she was always by my side.
(……あいつは、いつも傍にいてくれたからな。)」
ネシオもアズルと同じ、赤い色のクッキーを手に取り、口に運ぶ。
「She likes money and jewelry, but I like her for her faults.
(宝石好きなのが玉に瑕だが、俺は欠点がある方が好きなんだ。)
Don't you think so ? (そう思わないか?)」
「ンンン♪」
メリーマスは頷きながら、また一つクッキーを取る。
今度は水色のクッキーだ。
「Light blue. It's an unappetizing color, but I like it.
(水色。中々食欲をそそらないだろうが、俺は水色も好きだ。)
It has the image of the sad rain, but when it passes by, a clear sky spreads over.
(悲しい雨のイメージもあるが、過ぎ去れば晴れやかな空が広がる。)
He overcame sadness and grew up.
(あいつも悲しみを乗り越えて成長した。)」
ネシオの独り言が続く中、アズルは黄色いクッキーを手に取る。
「Yellow. It's a very bright color.(黄色。とても明るい色だ。)
She is quiet, but she likes cleaning and kids.
(あいつは物静かだが、掃除が好きで、子どもが好きなところもあった。)
Being with her makes me feel better.
(一緒にいると気持ちが和らぐんだ。)」
ネシオは紫のクッキーを取る。
「Purple. It's a two-sided color that is completed by mixing red and blue.
(紫。赤と青が混ざり合うことで完成する、二面性のある色だ。)
He is usually cool and calm, but riding a motorcycle quickly changes into a hot-blooded man.
(あいつも……普段はクールで落ち着いているが、バイクに乗れば熱く激しい性格に早変わりする。)」
ネシオはクッキーを半分に割り、一つをメリーマスに投げた。
すると彼女は、それを口でキャッチする。
「ンン♪」
そのままメリーマスがクッキーを食べたので、アズルは次のクッキーを選ぶ。
焦げたように真っ黒な色。またチョコレートだろうか?
アズルはネシオの反応を窺う。
「Black……. It has a strong image of darkness, but it is also a color that is completed by mixing various colors.
(黒。闇のイメージが強いが、色んな色が混ざり合うことで完成する色でもある。)
It's my favorite color.(俺の一番好きな色だ。)
It's also her color wrapped in a mysterious veil.
(そして、神秘のベールに包まれたあいつの色でもある。)」
「What are you talking about ?(さっきから何のこと?)」
「My fam. I'm separated from them now.
(俺の仲間の話さ。今は離れ離れなんだがな。)
I wonder what they are doing now…….
(皆、今頃どうしているだろうか……。)」
「What happened ? (何かあったの?)」
「……Yes. Terrible thing happened.
(……あった。大変なことが起きた。)」
「So I didn't have time to talk to them slowly.
(だからゆっくり話す時間はなかった。)
Maybe they're angry that I'm gone.
(皆、勝手にいなくなった俺のことを怒っているだろう。)」
ネシオは顔を暗くする。
「But I still can't tell anyone why.
(でも……今も理由を説明することはできない。)
I'm going to see them someday, but what should I apologize for at that time ?
(いずれ彼らには会いに行く予定だが、その時、何と言って謝ったらいいだろうか?)」
「…………。」
ネシオの悩みを聞いたアズルは、少し考え込み、首を傾げながら答えた。
「……"Sorry ?"」
「hhh……That's normal.(フフフ……、普通だな。)」
ネシオは笑いながらも、顔を伏せる。
「You're right…….(そうだな……。普通にか。)」
……俺には、それが一番難しいんだ。
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