7人が本棚に入れています
本棚に追加
December 24th, 11:20 pm, New York
《フオオオオオオオオオゥゥゥゥゥゥ…………》
上空より下界を見下ろすと、そこにはいつだって百万ドルの景色が広がっている。
青々とした海。赤く煮え滾る山。緑豊かな森。黄色く荒れ果てた大地。全てが素晴らしき、この世界の色。
World is Colorful.
彼は――いつもそれを感じていた。
世界はこんなにも綺麗だ。
例えそれらが踏み躙られる光景ですら、美しいと思える……。
「…………フ。」
男は目を閉じ、自嘲的な笑みを浮かべる。
――しかし、今日はいつもとは違う。
12月24日。クリスマス・イヴ――。
今日という特別な日には、何もかもが色濃く映り、心により純粋な――深い感動を与えてくれるのだ。
男は目を見開き、その青い瞳に幾千もの光を取り込んでいく。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
装飾を実らすオウシュウトウヒ。壁面を流れる光のアート。輝くオブジェの数々。
今宵、ミッドタウンは溢れんばかりのクリスマスデコレーションに彩られ、幻想的な雰囲気に包まれている。
吸い込まれたくなるほどの美しい世界。男はそこに向かって身を投げた。
《フュオオオオオオオオオ――――》
上空より、雲を突き抜け降下していく黒い影。
ロングコートと黄金色のイヤリングが、風に煽られ、激しく揺れている。
冷たい空気が全身を駆け抜けていくが、男の表情が凍りつくことはなかった。
そして――
《ダンッ》
目的地の手前で減速し、彼はロックフェラー・センターの中心――コムキャストビルの上に降り立った。
「ふー…………。」
70階建ての高層ビル。その屋上展望台――トップ・オブ・ザ・ロック。ここは地上から約260m。360度ニューヨークの絶景を見渡せる最高の場所。旅行者に人気の観光スポットの一つだ。
男は白い息を吐きながら、透明な仕切りへと近付き、眼下に広がる街を見下ろす。
目がチカチカするほどに飾られた大量のイルミネーション。
立ち並ぶビルの一つ一つの窓の明かりも、その一部ではないかと思えるくらい綺麗で、見事に調和している。
「………………。」
そんな景色をじっと眺めていると、頭の中に蘇ってくるものがある。
(That brings back memories…… .(懐かしいな……))
男は目を閉じ、昔の思い出に浸り始めた。
静かなクリスマスソングと共に流れていく、数多の記憶。
彼の表情はとても穏やかで、陰ることは一切なかった。
楽しかったことも……、悲しかったことも……、彼にとっては全て良い思い出なのだ。
例え……、それが災厄と呼ばれた出来事であったとしても……。
「…………。」
男の名は、ネシオ・スペクトラ。
ある目的を果たす為、五年ぶりに故郷に戻ってきた彼は、与えられた使命を忘れ、クリスマスムード溢れる街に漂う厳かな空気を楽しんでいた。
日本では様々なイベントで盛り上がるクリスマス・イヴだが、こちらでは既に街の賑わいは冷め、人影は疎らになっている。
キリスト教徒が人口の大半を占めるここアメリカでは、クリスマスとはキリストの降誕を祝う祭日であり、親戚、家族が一堂に会し、一緒に過ごすのが常識なのだ。
今頃、子ども達は、サンタクロースからのプレゼントに期待を膨らませながら眠りに就いていることだろう……。そんな彼らの為に、大人達は道化を演じるのだ。
勿論、そんな風習を気にせず過ごすのもいいだろう。
ただ――
いつもと違う世界を楽しまないのは――勿体ないことだ。
最初のコメントを投稿しよう!