World is Colorful編 EP0「Zero Island」

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   ネシオはビルの屋上から飛び立ち、南の方角にある建物を目指し、飛行する。  彼の視線の先にあるのは、ニューヨークの象徴――エンパイア・ステート・ビル。  現在は赤と緑のクリスマスカラーにライトアップされ、摩天楼の中でも一際強い存在感を放っている。  《タッ》  ネシオはその頂部の尖塔付近に立ち、視線を横に向ける。  そこには青いニット帽を被った少年が一人、縁に腰掛け、夜景を眺めていた。  年は六つほどで、顔立ちは年相応の幼さ。  彼は何故こんなところに一人でいるのだろうか。  疑問に思ったネシオは、彼の近くで夜景を眺めてみる。  地上から約390m。ここから見る景色も中々のものだ。  「……!」    そこで、彼はふと思い付き――  《カシャ》  携帯にその景色を収める。  そして、写真をメールに添付し、何処かへと送信する。  「ふっ……。」  100万ドル分の宝石が散りばめられたかのような夜景。  これがもし本当に宝石ならば、はしばらく眠れない夜を過ごすことだろう。  笑みを浮かべながら携帯をしまうネシオ。  彼は再び少年の方に顔を向ける。  「…………。」  少年の顔は、何処か暗い。  この景色を目にしても、彼の心に巣食う闇は晴れないようだ。  ネシオは彼に近付き、少し離れた場所に腰を掛けた。  そして、静かにクリスマスソングを口ずさむ。  「……………………Where are you, Christmas……?   ……Why can't I find you……?」  2000年にリリースされた、フェイス・ヒルの『Where Are You Christmas ?』。  様々なアーティストがカバーしている、クリスマスの定番曲だ。  「Why have you gone away……?」  「…………。」  歌っている最中、少年の様子を(うかが)うが……。  幾つかの部分で反応している。  そこから彼の事情はある程度、察することができた。  歌い終わると、少年の方から声を掛けてくる。  「Are you alone, too ?」  (お兄さんも一人?)  「Yes, but I'm not alone now.」  (さっきまでな。)  少年は一度もこちらを見なかったが、ちゃんとこちらの存在を認識していたようだ。  さっきまでと比べ、心なしか表情が和らいでいる。  「Did you quarrel with your family ?」  (家族と喧嘩したか?)  「Berry is bad.」  (ベリーが悪いんだ。)  「What did Berry do ?」  (ベリーは何をした?)  「Even though I didn't break the statue, Berry said I was the culprit.」  (像を割ったのは僕じゃないのに、ベリーは僕が犯人だって……。)  「hhh……It's sad not to be trusted. I had a similar experience a long time ago.  (フフフ、信用されないとは悲しいことだ。俺も昔、同じような経験をした。)  ネシオの中に、ある一人の人物の顔が浮かぶ。  「Berry will never get a present from Santa.」  (ベリーは絶対サンタからプレゼント貰えないよ。)  サンタクロース……。  成程、それが少年にとっての最後の頼みの綱。  『Miracle on 34th Street(三十四丁目の奇蹟)』では、彼は裁かれそうになったが、今度の仕事は裁判官か……。やれやれ……。  「Don't be so sure. There are various Santas in the world. Some Santas bring gifts to good children, while others bring gifts to bad children.」  (それはどうかな。サンタにも色んな奴がいる。良い子にプレゼントを持ってくるサンタもいれば、悪い子に持ってくるサンタもいる。)  「Is that so ?」  (そうなの?)  「Are you not convinced ?」  (納得いかないか?)  少年は頷く。  「……Then, let's go ask Santa.」  (……なら、サンタに直接聞きに行こう。)    「What ?」  (えっ?)  「I know where Santa is. I'm going to see him now…… .   Will you come ?」  (サンタに会える場所を知ってるんだ。これから会いに行く予定だったんだが……。お前もついてくるか?)    ネシオは手を差し出す。  普通なら、こんな怪しげな誘いに乗ることはないだろうが……。  少年は、迷わず彼の手を取った。  好奇心がそうさせたのか、それとも自暴自棄になったのかは分からないが……。  どっちだって構わない。彼はこちらの世界に足を踏み入れた――。  「…………?」  その瞬間、少年は抗い難い眠気に襲われ、その場に倒れてしまう。  ネシオはその小さな体を抱き留めた。  「Welcome to the Island…….」  (ようこそ、楽園へ……。)  そして歓迎の言葉を送り、目的地のある方向へ目を向ける。  《ピロン♪》  「……!」  その時、メールの着信音が鳴った。  ネシオは携帯を取り出し、届いたメールを確認する。  【I can't believe my eyes.】    「フッ……。」  本当に信じられないことは、これから起こる。  彼は小さく笑うと、少年を抱き抱え、エンパイア・ステートから飛び立った。  「…………。」  吹き荒れる冷たい風から少年を守りつつ、ミッドタウンの空を飛ぶネシオ。  ふと彼は、腕の中の少年に目を移した。  ……。とても似ている――。  名前も知らない幼い少年の、穏やかな寝顔。  それを眺めながら、ネシオは思い出した。  5年前――"楽園"と呼ばれたあの場所で過ごした日々を――
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