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≫ Osestella
ハイゼンスのあるオーセステラが近付き、窓の外にちらほら白い構造物が見え始めた。
長い支柱の先端に三枚羽根のプロペラ……。あれは風力発電用の風車か。
陸地の物と比べるとかなり大きく、それが浮体の上に幾つも並んで回っている。その姿は、中々壮観な光景だ。
オーセステラは大陸からかなり距離の離れた島だが、必要なエネルギーはあれの他にも宇宙太陽光発電や、海洋温度差発電といった再生可能エネルギーで賄われていると聞く。
島の上には食料を生産する施設や、様々な娯楽施設もあり、例え、外部との繋がりが絶たれたとしても、人間が快適に暮らしていけるだけの設備が整っているという。
流石、楽園と言われるだけのことはある。
今ではこのような島は世界に幾つも存在するが、住む人間が住む人間だ。一番力が入れられているのはここだろう。
ネシオはガラスに顔を近付け、景色をよく観察する。
窓からは位置的にハイゼンスの姿は見れなかったが、船ごと中に入ったらしく、薄暗い通路を進んでいく。もうすぐ到着か。
「…………。」
ネシオは再び目を閉じ、集中した。
オーセステラの中心。白い壁に覆われたハイゼンスの内部を、自分はまだ見たことがない。
未知の色の存在を強く感じる……。
「…………。」
ネシオは何かに引かれるように椅子から立ち上がると、ロックのかかった部屋の扉に近付き、その表面にカラーノイズを走らせた。
《ジジッ……》
すると不思議なことに、扉はすんなりと開き、廊下に出た彼は船の進行方向に向かって歩いていく。
そして船が停止したところで、カラーノイズのかかった壁に向かってジャンプ。
そのままそこを通り抜けたネシオは、華麗に船外に着地し、顔を上げた。
「…………。」
突き刺さる大量の視線――。
出迎えなど特に期待していなかったが、船着場には白い制服を着た職員が集まっていた。
一番前には、サイバーサングラスをかけた白髪の男が立っている。恐らくここの責任者だろう。
「hhh……Sorry. Couldn't wait. (フフフ……悪いな。待ち切れなかった。)」
「……Don't care. (……別に気にしていない。)」
サイバーサングラスの男は、他の職員と違い、特に動揺や緊張をした様子はなく、ネシオに背を向ける。
「Follow me. (ついてこい。)」
……。どうやら部屋までは彼が案内してくれるらしい。
男が歩き出すと、職員達は道を開け、左右に並んだ。
ネシオは歩きながら彼らの顔を眺めてみるが、皆一様に顔を顰めている。
伝わってくるのは、怒りや憎しみ、悲しみといった負の感情ばかり。
……まぁ、当然のことか。
「フフフ……。」
思わず笑みが零れてしまう。
それを見た職員達は、目を逸らすか、不快な表情を浮かべながら、ネシオを見送った。
「…………。」
一方、サイバーサングラスの男は、機械のような無表情でネシオをハイゼンスの奥へと案内していく。
何を考えているのかは分からないが、彼とは仲良くやれそうだ。
そんなことを思いながら、白く長い通路をしばらく歩いていくと、Z級能力者専用の区画へと辿り着く。
そこにあったのは、見上げるほどの大きな扉。
形は丸く、まるで巨大な金庫のようだ。
《ゴゴゴゴゴゴゴゴ……》
サイバーサングラスの男が認証を済ませると、扉は音を立ててゆっくりと左右にスライドし、開いていく。
《ガコン》
この先だ。
この先から強大な色を感じる。
男と共に現れた通路を進んでいくと、割と広い空間に出た。
廊下は左右に分かれている。
正面にはYと描かれた扉があったが、男はそれを無視し、左の方へと進んだ。
「…………。」
通路はリングになっているようで、内側にはエレベーターらしき扉、外側にはZ級能力者達の独房が並んでいた。
それぞれの部屋の扉には、大きくアルファベットが描かれており、A……C……Eと、一つ飛ばしになっている。恐らくもう片側はB……D……Fという順になっているのだろう。
Yの位置だけ中央なのが気になるが、部屋の数は全部で26……。
確か現在ここに収容されているZ級能力者の数は11人で、自分が入れば12。大体半分が埋まっていることになる。
「This is your room.(ここがお前の部屋だ。)」
男に促され、ネシオは案内された部屋の前に立つ。
丁度、中央を挟み入口の反対側で、扉にはZのマークが描かれている。
男が壁の認証装置に手をかざすと、その扉がスライドし、開いた。
「You can go out of the room.(外に出てもいい。)
Free to use the facility and talk to someone.(施設を利用するのも、誰と何を話すのも自由だ。)
However, all actions are monitored.(ただし、全ての行動は監視される。)」
「Okay, I see.(OK、分かった。)」
詳しい説明は事前に受けているので、簡単な確認のみで終わり、ネシオは部屋の中へと入る。
しかし、彼は扉の所で一旦、足を止め、振り返った。
「Oh……I have one question for you. (おっと……、一つ聞きたいことがある。)」
「What ? (何だ?)」
「Are you……scared of me ? (お前は……俺が怖いか?)」
…………。
しばしその場を沈黙が支配した。
「……I have no feeling of fear. (……私に恐怖の感情はない。)」
男はそう答えると、入口に向かって歩いていく。
…………。
ハイゼンス看守長――ルドル・F・ハイドゲート。
(He has demons――. (悪魔を飼う男――。))
ネシオは薄く笑みを浮かべると、部屋に入った。
《ウィーン……》
中に入ると、すぐに扉が閉まったが、ロックされた訳ではなさそうだ。
流石に深夜は外出が制限されるだろうが、話に聞いていた通り、可能な限りの自由が認められているようだ。
ネシオは部屋の中を見回す。
広い。
想像していたよりもずっと広い。
部屋の広さだけなら、高級ホテルのスイートルームのようだ。これからここをタダで使えるとは素晴らしい。
見ると、部屋の奥にはあらかじめ送っておいた大量の荷物が置かれていた。
ネシオは早速、その内の一つを開封し、中の物を取り出していく。
初めに取り出したのは、自分のお気に入りであるZ――稲妻の形をした黒いエレキギター。
手に取ると持ち主を認識し、青く発光する。弦に触れれば今にもイカした音を響かせそうだ。
こいつがあれば、何処にいても退屈しない。
ネシオは周囲の様子を確認する。
他のZ級能力者達の生活音が全く聞こえてこないことから、壁の遮音性能はかなりのものと見ていいだろう。練習には最適の環境だ。
しかし――ライブはオーディエンスがいなければ盛り上がらない。
まず優先すべきは、人間関係の構築だろう。
ネシオはエレキギターを壁に立てかけ、再び箱の中の物を漁り出した。
「…………。」
部屋が広いのは良い。
だが、壁や床は一面真っ白で、家具は最低限の物しか置かれていない。
「Need to makeover.(模様替えの必要があるな。)」
ネシオは壁に近付き、考える。
ポスターはあるが、壁を埋めるのには枚数が足りない。
「(I know……. (そうだ……。))」
ネシオは部屋全体にカラーノイズを走らせ、色を白から黒に変更。
更に目の前の壁に絵を出現させた。
それは船の中で思い描いたもの。この人工の楽園、ハイゼンスを彩るに相応しい絵だ。
「…………。」
ネシオはそれをしばらく眺め、やがて満足すると、箱の元に戻り、荷ほどきを再開した。
だいぶ量が多いので、今日はこの作業だけで終わってしまいそうだ。
「……!」
その時、ネシオは箱の中に一枚の写真を見つけた。
裏返ったそれを拾い上げ、確認する。
それは集合写真。
そこにはネシオのよく知る顔が並んでいた。
「…………。」
最高の一枚だ。
これと比べたら、折角のこの絵も霞んでしまう。
ネシオは絵と写真を見比べ、感傷的な気持ちになると、顔を上げ、真っ白な天井を見つめた。
そして、小さく呟く。
「Five years…… .(5年……。)」
ネシオの意識は未来へと向かう。
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