第一章 事故

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 六月の休日は、いつも雨が降る。  この季節を乗り越えたら、また夏がくる。  僕は夏が好きだ。  大きな空、心地よい夏の香り、色鮮やかな色彩。  日曜日の朝、妻が38℃の熱を出した。  娘は、いつにも増して不機嫌だ。 「えー、なんでさ……。約束したじゃない」 「ごめんねぇ」  今日は妻と娘の二人で、お台場に行く約束をしていたらしい。  娘の好きなバンドのライブ・コンサート。  数ヶ月前からチケットを購入していたようだ。 「お友達で一緒に行ってくれる子はいないかな……」 「今日の今日で、そんな暇な子いないよ!」 「そうよねぇ……」  娘の『夏希』は高校2年生になる。  僕達は夏希のことをとても大切にしてきた。  一人娘の夏希は僕たち夫婦にとっては、『いのちより大切な宝物』だった。  『夏希』が生活の中心で、  『夏希』が僕らの生きる理由になっていた。  ――だけど。  いつからだろう。  彼女が不機嫌になってしまったのは。  僕のそばではいつも不機嫌で、  次第に距離が掴めなくなっていった。  夏希は僕のことが、  嫌いになってしまったのかもしれない。  僕自身も、  正直に言うと  夏希のことが少し苦手になりつつあった。 「もういいよ……。諦めるよ」 「オレが連れて行こうか」 「え?」 「ライブ中は、外で待っているから」 「なにそれ」 「いや……」 「意味不明」  確かに。  意味不明だ。 「外で待ってるなら行く意味ないじゃん」 「……まぁ。でも行きたいんだろ」 「行きたいけど」  ライブにはあまり興味がない。  でも、夏希とふたりで  会話できる機会が作れるのなら、  行ってみる価値があるかもしれない。  ――そう、思った。
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