第一章 事故

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 カーシェアリングした車で首都高を走る。  夏希が小さい頃、  好きだった『黄色い車』を選んだ。  太陽のように鮮やかな色をしたカローラフィールダーは首都高を気持ちよく駆け抜ける。  その軽快さに反して、車の中の空気は重かった。  ――無言。  夏希はスマートフォンをいじっている。 「車酔い、するよ」 「あー、あたし大丈夫」 「そう」  そんな会話。  やっぱりダメか。  ふたりで会話できる機会なんて、  都合が良すぎた。 「……パパ」 「何」 「なんでもない」 「そう」  娘が、何かを言いかけた。  この時は、気づけなかった。  今思えばこの時、  とても大切なことを勇気を出して、  伝えようとしたんだと思う。  首都高速11号線の有明ICで降りて、  湾岸道路に合流する。  あとは真っ直ぐに進み、  ゆっくりとライブ会場を目指す。 「雨、やんだね」 「あぁ……。本当だ」 「パパ、今日のバンド知ってるの?」 「知らない」 「何それ。何しに来たの?」 「夏希と一緒にいたいなと思って」 「気持ち悪い」 「ひどい言い方だな」  赤信号になり、ブレーキをゆっくり踏む。  緑色のランプが点灯するのを待つ。 「……パンケーキ食べたい」 「まだ時間があるから、先に食べに行こうか」 「おごり?」 「当たり前だ」 「じゃあ、いく」  不器用ながらも、  夏希と結構、会話ができている。  こんなことは何年ぶりだろうか。  雨もやんだ。  今日は僕にとって、  とても幸せな一日になるかもしれない。  ――はずだった。  突如としてどこからか、  激しく荒々しい走行音が聞こえた刹那、  背後から急激な衝撃を受け、  ボクらの車は宙で弧を描いた。  大きく回転する車体。  前から、大きくエアバッグが膨らむと同時に、足元に激しい着地の衝撃を受ける。  ――夏希っ!  娘だけは、娘の命だけは。 (――神様、どうか娘の命はっ!!)  そんな想いが脳裏を過ぎる中、意識を失った。
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