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夕暮れの窓の傍で、私は鏡に向かう。
風になびく薄いカーテン越しには、今にも闇に沈んでゆきそうな、赤い輪郭だけの風景。
次第に色を失い落ちてゆく、私のように。
鏡の前で、私はこれから訪れるあの人のために、自分を彩る。
日暮れから夜の間の、わずかな宵闇の隙間が、私とあの人との時間。
お互いに、影と感触を確かめ合うだけの、だからこそ狂おしいほどに愛おしい時間。
どんなに装ってみたところで、あなたの目に映る私は、きっと輪郭だけ。
迷いに迷って選んだ口紅の色も、チークの色も。
すぐに灯りを落とす部屋の中で、モノクロに変わると解っているのに。
一瞬でも私だけを見て欲しくて。
あの人の心に私の色を残したくて。
今日も私は鏡に向かう。
わずかな光に反射して揺れる、長いイヤリングを着けるのは、あの人に感じて欲しいから。
いつもうなじから首筋に唇を落とすあの人に、モノクロの輪郭以外の私を、感じて欲しいから。
あの人のかすかな声と、匂いと。
抱きしめ合う鼓動と、肌触りと。
私ではない誰かも、それを知っている。
でも夕闇に浮かぶあの人の輪郭だけは、私のもの。
ひとときだけの闇に沈む、愛おしいその輪郭は、私だけのもの。
窓ガラスに映る影が重なれば、手探りの二人だけの時間が始まる。
心が、身体が、またお互いの輪郭だけを刻み込む、その前に。
私は今日も、闇に落ちる前の一瞬の彩りを見せたくて、鏡に向かっている。
シルエットだけの恋に、ほんの少しの抵抗をして、
そして今日もあの人を待っている。
Fin.
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