01.ミルクティー

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 家に帰ると明かりがついていて、珍しく妃美香より早い帰りに妃美香は憂鬱になってしまった。待っている時はなかなか帰ってこないのに、顔を見たくない日に限っているのだからうまくいかないものだ。 「……良介、帰ってたんだ」 「あー取引先から直帰」  スマートフォンを弄りながらこちらも見ずソファに寝転がっている。 「お疲れ様」 「飯は?」  まだ専業主婦ではない。なのに当たり前のように聞いてくるその態度に、違和感しかない。結婚式の話も全然進んでいない、しかも浮気しているくせに。 「……何か作るね」  すべて飲み込んで妃美香はエプロンをつけて冷蔵庫を確認した。どうせ今日も深夜に帰ってくるだろうと思っていたので油断していたけれど、いくつかおかずを作れるくらいは材料が残っていてほっとした。 「今から? じゃあいいや外で食ってくる」 「……」  良介は興味なさそうに財布とスマートフォンだけ持って外に出て行った。どうせ女のところにでもいくんでしょ、と考えたところで心の中が真っ黒になっていることに気づく。  大槻良介(おおつきりょうすけ)は、一応妃美香の婚約者だ。  三ヶ月ほど前にプロポーズをされた。良介のことは好きだしうれしかったのに、プロポーズをされてからが問題だった。同棲を始めたのはいいが、仕事は辞めて専業主婦になってほしいと言われ、ちょっと言い返そうものなら機嫌を悪くし、外に出る。  良介の浮気が発覚したのも昨日で三回目だ。  妊娠中の浮気というのはよく聞くけれど、まさかプロポーズから結婚の間までに浮気されることがあるとは思わなかった。本当なら幸せの絶頂ではないのだろうか。なのに今は一緒にいるのが息苦しい。幸せ絶頂の日々など幻想だった。  もともと料理も好きだったはずなのに今ではやる気も失せ、自分ひとりのために適当な食事を用意するようになってしまった。早く食べて、すぐに自室にこもれるような簡単なものだ。さっさと食べてキッチンを掃除し、部屋にこもる。働いている本屋で買った新刊を手に、ベッドの上に座る。妃美香はこの時間が好きだった。数時間経ってドアが乱暴に締まる音がして、現実に引き戻される。妃美香はベッドの中にもぐる。  結婚へとまっすぐ進むと思っていた道は、大きな壁ができてしまった。どうすればいいかわからないまま、日々が過ぎていく。別れを切り出す勇気も、先に進む勇気も出ない。
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