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 二人から聞いた話は、今から2週間前に遡る。  隣の県で暮らしている二人は、恋人を探していると言う幽霊に出会った。  聞けば、ここからかなり離れた場所で亡くなっているのに、どうにかして、この地にたどり着いたらしい。  幽霊の名前は松阪巧(まつさかたくみ)。  最近、幽霊としてこの世に戻って来たらしいく、一番最初に会いに行った恋人は、住んでいたマンションにはおらず、勤めていた会社は辞めていた。  そこで、地元に帰ったと思い、何とか恋人の地元の近くまでまでやって来た。  でも、実家の詳しい住所が思い出せず、この先、どうしようかと悩んでいる所で瀧沢に声を掛けられた。  「これ以上、黒くならない方がいい。」  黒く?  瀧沢いわく、普通の幽霊はただぼんやり存在しているだけだけど、巧からは時々黒く嫌なエネルギーが流れて来る。  邪悪や、この世に深い怨念を持ったまま幽霊になると、黒く嫌なエネルギー放出させるため、このまま放っておけば、巧もそう言った幽霊になってしまう。でも、今の巧はまだ留まる事が出来る範囲だった。  巧が黒くならないためにも、懸念している恋人の話を詳しく聞くと、名前が分かったのでネットで検索してみた。  そうしたら、その恋人は2ヶ月前に亡くなったという小さな記事が出て来た。  顔写真も無い、名前だけの記事だったけど、更に詳しく調べて、無くなった場所を探し出せたのが3日前。  3日前に事件現場に来た時に、未來は具合が悪くなり、瀧沢は黒いエネルギーが存在していることに危険を感じその場から立ち去った。  そして、詳しく事件を知るために、近くにいた幽霊たちに当時の様子を聞いて回ると、由紀乃が亡くなった経緯が分かった。  深夜12時を過ぎた頃、由紀乃は一人、あの河川敷にやって来た。そしてポケットから糸のようなものを取り出すと、自分の首に巻き付けて、両手で力いっぱい引いた。  まるで破裂したホースの様に首から血が噴き出し、由紀乃を真っ赤に染めた。それでもまだ由紀乃は首を絞め続け、倒れてこと切れる寸前に、首に巻いた糸を解き、すぐ横を流れる川に流した。それは怪しい力が込められた絹の糸だったと川遊びをしていた子供の幽霊が教えてくれた。  由紀乃がこと切れると、由紀乃の中から黒い何かが出てきて、黒い何かは由紀乃から離れると直ぐに、水面を揺らすような低いうめき声を上げて、消えた。  黒い何かが消える直前に「私の由紀乃。」と言ったように聞こえたと、この界隈の自主パトロールに使命を持っている、おじいさんの幽霊が教えてくれた。  巧は「私の由紀乃。」と言う言葉に激しく反応して、黒い何かは自分を殺したストーカーだと断言した。  巧を殺したストーカー、時田朝子(ときたあさこ)は、本当は由紀乃のストーカーだった。  由紀乃の大学時代の同級生で、特に仲が良かった訳では無いが、いつも一人で居る朝子に気さくに話しかける由紀乃に親しみを覚え、いつの間にか一方的に好意を持った。それは、友情なのか愛なのかハッキリと分からないが、募る独占欲は狂気へ変わった。  その狂気が朝子を操るようになると、由紀乃の恋人である巧が邪魔になった。だから別れさせて、傷心の由紀乃に近づこうとしたようだ。  巧がそれを知ったのは、殺されている最中で、朝子が巧の首を絞めながら「私だけの由紀乃なのに。」と何度も口にしていて、由紀乃の身の危険を感じ、最後の力を振り絞り、朝子に包丁を突き立てた。  朝子がこと切れる前に巧が亡くなってしまい、この世に幽霊として戻って来るまで3年かかった。  由紀乃の身がどうなったのか、自分は最後に由紀乃を守れたのか知りたくて、ここまで来たが、一度は守れたのに、最後まで守ってあげられなかったことを嘆いた。  「自分がここの世に留まる理由は無くなった。由紀乃がいる世界に行かせて欲しい。」と言われ、先ほど浄化させたところだった。  由紀乃を死に追いやった朝子の霊は、消えた様子から、祓われたそうで、もうこの世に戻って来ることは無いそうだ。  そうなると、由紀乃の事件は自殺に見せかけた幽霊による殺人。  「そんなの、報告できるわけ無いだろ。」  俺はため息と一緒に本音を吐いた。  「絹の糸。」  「えっ?」  瀧沢がまたボソッと呟く。  「由紀乃さんに絹の糸を渡した人がいるはずです。その絹の糸は恐らく『お蚕様』の糸。」  「お蚕様?」  「特殊な力が宿っている絹の糸です、幽霊は『お蚕様』に触れない。それを手に入れたれるのは、俺たちと同じ同業者だけ。おまけに、幽霊を黒くコントロールできるのは、限られた人しかいない。」  「だったら、そいつを探し出せば、事件で…。なんて出来ねぇ。幽霊を操った殺人って、オカルト映画かよっ。」  何も出来ない苛立ちを、握った拳に込めて自分の太ももを殴った。  痛みよりも、治まらない苛立ちの方が大きく、抑え込もうとすると体中が震えそうになる。  「信じてくれるんですね。」  未來が瞬きで風が起きるんじゃないかと思うくらい、長い付けまつげを付けた目で俺を真っ直ぐ見て言った。  信じられないと思ったが、つじつまが全て合う。  そうなると、信じない方がおかしく思える。  俺は、二人の話を信じてしまっていたのか。  苛立はいつの間にか収まり、冷静さを取り戻した。  「こんな事、報告できません。でも、由紀乃さんは自殺では無い。私はこの事件が自殺として片付けられないように、せめて、迷宮入りになるように頑張ります。まず、由紀乃さんに絹の糸を渡した人物を探します。  瀧沢さん、未來さん。今後の進展具合によっては、協力をお願いするかもしれません。その時は、どうかよろしくお願いします。」  「えぇ、もちろん。いつでも連絡して下さい。」  深夜の河川敷の小さな東屋で、俺たちは同じ目をして約束した。  そして、後日。俺は由紀乃の同僚から小さな糸口を聞き出した。  「由紀乃、最近ようやく前向きになって来たみたいで、亡くなる少し前に、『実家の近くでものすごいイケメンに道、聞かれた。』って嬉しそう話してくれたんです。そのお礼に、和紙に包まれた糸を貰ったんですって。そのイケメンいわく、『この糸は運命の人と出会えるお守り』らしくて、由紀乃、それ以来肌身離さず持ってた気がします。」  由紀乃の実家近くの防犯カメラを片っ端から見たが、由紀乃が道を聞かれたというイケメンはどこにも映っておらず、生前の由紀乃が生活していた様子が映っているだけだった。  恋人の死を受け入れて、ようやく前向きになれた彼女が、あんな死に方をするなんて、この時、誰も想像できなかっただろう。  絹の糸を渡した犯人以外は。  俺はやり場のない怒りを、まだ見ぬ犯人にぶつけるように懸命に捜査した。  いつか、幽霊による殺人が立証される時まで、俺はこの捜査を止めない。
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