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大井由紀乃。
31歳。
女性。
頸部損傷による失血死。
細い糸状のモノで首を絞め、頸動脈を切断し大量出血。傷は骨まで達していて、凶器となった物は発見されていない。
事故・自殺・殺人を視野に入れて捜査中。
発見された、河川敷は日中は散歩やジョギングを楽しむ人が多く利用するが、夜は外灯が途切れる箇所になり、人通りはほとんどない。
第一発見者は、早朝に犬の散歩をしていた近所に住む60代男性。
夜中に降った雨が、おびただしい血だまりを洗いほとんど流したようで、最初見た時は酔い潰れた若者が寝ているのかと思ったそうだ。
遺体発見から2か月。
死亡推定時刻から由紀乃の足取りを遡って捜査をするが、怪しい事柄は何も出てこなかった。
最初から事故の可能性は極めて薄く、事件・自殺の双方で捜査が進んでいたが、自殺の線が濃厚と言う事で、捜査は終了に向かっていた。
由紀乃の身辺を調べて唯一引っかかった事柄は、3年前に付き合っていた恋人、松阪巧がストーカにより殺害された事だった。
巧も、頸部損傷による失血が原因で亡くなっており、亡くなった恋人が忘れられず、自殺。と言うのが大方の見解だ。
巧を殺害したストーカーは、その場で巧の手により腹部を刺され失血死していることから、ストーカーの親族が逆恨み的に由紀乃を狙ったという推測も、唯一の肉親の母親は末期のガンで病院のベッドから動けないし、親しくしていた友人や恋人はおらず、事件性は乏しい。
しかし、足取りも、状況証拠も、物証も何もかもスッキリしないこの事件に、刑事の俺、三浦晴樹はモヤモヤを胸にため込んでいた。
仕事熱心な方では無いが、気になる物は気になる。
自殺するのに、自分の首を自分で締められるか?しかも骨に当たるまでキツク。
いつもなら、上の方針に「長いモノには巻かれろ精神」で従うのだが、今回はどうしても自殺で片を付けるには納得がいかず、久々の休暇にも関わらず、由紀乃が無くなった現場に足を運んでしまっていた。
「ここで亡くなったようです。」
「ごめんなさい。間に合わなかった。」
「いえ。由紀乃さんはここにはいません。」
「ここは今までで一番苦しい。何だか首まで痛い。」
「確かに良くないね。一旦ここから離れよう。」
由紀乃が亡くなった場所で、男と女が悲痛そうな声をして話をしていた。
ギリギリ会話が聞こえる位置でスマホを操作する振りをして聞き耳を立てた。
断片的に聞こえる言葉は、由紀乃に関係するものに当てはまった。
気になって、周りを観察する振りをして、男と女を確認する。
まず、一目で印象に残ったのは女の方。
今時珍しいくらいにギャルギャルしいギャルで、長身で痩身に見事な金髪だった。
派手な女に比べると男は記憶に残らない位に地味で、女との共通点は長身で痩身な事だけだった。
顔が半分隠れるほどの長い前髪に、全身黒い服。
今が昼で無ければ、幽霊と間違えたかもしれない。
二人の関係性は、恋人同士にしては距離があるように見え、友達同士にしては敬意が表に出過ぎている。
まさか兄妹?
体つきは、そう思えなくはないが、雰囲気が全然違うので、それも腑に落ちない。
関係性は本人に確かめるとして、問題はあそこで何をしていたのかという事。
俺は足早に立ち去った二人を尾行した。
しかし、人通りの多い通りに出た途端、小柄な女性とぶつかり、一瞬視界から二人の姿を外すと、見失った。
「すみません。」
「いえ。こちらこそ失礼しました。」
着物姿の小柄な女性は俯いたまま言葉を交わし、丁寧に頭を下げて、直ぐに立ち去った。
雰囲気は落ち着いていたけど、チラリと見えた横顔は、少女の様に幼く見えた。
少し気になったが、今はあの二人を探すのが最優先だ。
しかし、見失った二人はもうどこにもいなかった。
くそっ。
男の方ならまだしも、あの変に目立つ女の方まで見失うとはっ。
心の中で思いっきり叫ぶと、尾行が得意では無い自分を棚に上げて、行き交う人々に恨めしい視線を送った。
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