3人が本棚に入れています
本棚に追加
夕方の五時。町を包み込む夕暮れの中で、またいつもの歌声が聞こえてくる。
それは物寂しげな曲調に合わせるような女性の歌声で、町全体に響き渡っていた。何を言っているのか何の曲なのか、いくら耳を澄まして聞いてみても分からない。
本来、子供達に帰宅を促すべく流れるメロディーが、この町では女性の歌声が流れるようだった。
引っ越してきたばかりの頃。僕はその事に酷く衝撃を受けて、近所に住むおばさんに聞いたことがあった。
そのおばさんは違和感を感じている様子もなく、「これが普通だから、疑問に思ったことがないわ」と言って困ったように笑った。
僕の職場である古びた工場の作業員の人たちにも聞いてみたが「分からないし、疑問には思ったことがない」と首を捻る一方だった。
僕の通う職場は今どき珍しく、定時にはきちんと帰ることが出来る良い会社ではあった。僕はその工場の事務員をやっていて、定時は四時半。その事もあって、帰宅途中に必ずと言っていい程に、この不可思議な女性の歌声が聞くはめになっていた。
聞きたくなくても、自然とその曲が耳に入ってきては心に影を落としていく。とにかく不気味で仕方がない。三分間にも渡る曲が終わると、僕はやっとホッと息を吐き出す。そんな毎日だった。
そんな鬱屈とした気持ちを抱えたまま、僕は一ヶ月近くこの町で暮らしている。
最初のコメントを投稿しよう!