夕方の歌声

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 最近気づいたのだが、その歌声が日に日に音が外れているような気がしてならない。曲調は変わらないのだが、女性の声が低くなったり高くなったり、大きくなったり小さくなったり。何かが可怪しいのは明らかだった。  たまたま近所のおばさんが家の前で掃き掃除をしていたので、僕は空を指さしながら「なんだかいつもと違う感じがしませんか?」と訪ねてみた。  おばさんは手を止めて、空を見上げると不思議そうな顔で「いいえ。変わらないけど……」と不思議そうな顔をした。  仕方なく適当に話を切り上げると、僕は自分のアパートに向かって歩みを向ける。ふと、背後に視線を感じて振り返る。おばさんがこちらをジッと見つめていた。僕はゾッとして全身に鳥肌が立つ。 おばさんは気味が悪いぐらいに、無表情だった。いつもの愛想のいい雰囲気が嘘みたいに、僕に向ける目には何の感情も窺えなかったのだ。  それでも怯えを滲ませたら失礼だと思い、軽く会釈をすると再び前を向く。歩き出しても背には、べったりと視線が張り付いていた。それはおばさんの視線から、僕の姿が完全に見えなくなるまで続いていた。  自分の部屋に戻った後、僕は不安と恐怖に心臓が激しく打っていた。  一人暮らしの1Kには無駄なものは置かれておらず心細さが増していく。カーテンから差し込む夕日が薄暗い部屋を朱色に染めていた。  静かすぎる部屋に揺れるカーテン。僕は戸締まりをしたはずだ。なのに窓が微かに開いている。おばさんのあの目。犯人はあの人なのか……証拠もなにもないのに、疑心ばかりが胸を支配していく。  このままこの町にいたら頭がおかしくなる。そういえば町の住人もどこか可怪しい。なぜならあの不気味な歌声を、誰も疑問に感じていないのだから。
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