3人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は意を決して、この町を出る事にした。
職場に辞表を提出し、最後の勤務を終えると僕はその足で駅へと向かう。
駅の改札前で僕はハッとして立ち止まった。そもそも、僕は何処から来たのだろうか。何処に帰ろうとしているのだろうか。思い出せない。吐き気が込み上げ、近くのベンチに腰を下ろす。
どうして思い出せないのだろう。そもそもどうしてこの町に来たのだろうか。
途方に暮れる僕に真っ赤な夕日が眩しいぐらいに顔を照らし、足元に影を落としていた。
またいつもの歌声が聞こえてくる。今日は歌声も曲もメチャクチャだ。まるで壊れたCDのように、何度も繰り返し同じ曲調が続く。
僕は思わず耳を塞ぎ、目を固くつぶると俯いた。気持ち悪い。絶対に可怪しい。何で誰も気づかないんだ。恐怖で全身に冷や汗が流れていく。
しばらくすると周囲が静かになった。僕は恐る恐る手を離し、目を開ける。曲が終わったことにホッとして、全身の力を抜いていく。
――いかないで、いかないで
僕の耳元で歌うような、楽しげな女性の声。まぎれもなく、あの歌声だった。
最初のコメントを投稿しよう!